そんな理由で?日本実業界の父・渋沢栄一が今まで紙幣の顔に選ばれなかったのは、アレがなかったから
令和六2024年に発行される新一万円紙幣の「顔」として選ばれた渋沢栄一(しぶさわ えいいち)は、その名著『論語と算盤』に代表される道徳と経済の両立を提唱した近代実業界の先駆者として注目を集めています。
日本実業界の父・渋沢栄一。その貢献は計り知れない。Wikipediaより。
令和三2021年放映予定の大河ドラマでは主人公にも選ばれるなど人気急上昇中の栄一ですが、そんな国民的なヒーローが、どうして今まで紙幣の「顔」に選ばれなかったのでしょうか。
今回はその辺りを調べてみたので、紹介したいと思います。
印刷技術の発達で解消された「ヒゲ問題」結論から言うと、栄一が紙幣の顔として選ばれなかった理由は「ヒゲがなかったから」だそうです。
現代人からするとさっぱり意味が分かりませんが、かつては印刷技術が未熟だったため、デザインを細かくすることで偽造の防止を図っていた(※粗悪な印刷機だと、ヒゲの細かいデザインで印刷が潰れるので、偽造を見抜きやすい)のでした。

印刷技術の発達により、ヒゲに頼らない偽造防止が可能に。Wikipediaより。
そう聞くと「だったら、現在一万円紙幣の顔に使われている福沢諭吉(ふくざわ ゆきち)はどうなんだ。彼もヒゲがないではないか」という指摘があると思いますが、それは印刷技術の発達によってデザインの細かさに依存しない偽造防止が可能となったためです。
それによって元からヒゲのない女性も紙幣の顔に選ぶことが可能となり、明治時代の作家・樋口一葉(ひぐち いちよう)が五千円紙幣に使われています。
※ちなみに、紙幣の顔となった女性は一葉が初めてではなく、明治十四1881年に神功皇后(じんぐうこうごう)が採用されているほか、平成十二2000年に発行された二千円紙幣の裏面には紫式部(むらさきしきぶ)が印刷されています。
海外では過去に使われていた!渋沢栄一の紙幣かくして新一万円紙幣の顔となる(予定の)栄一ですが、実は日本国外では紙幣の顔として選ばれたことがあります。
時は20世紀初頭、お隣の朝鮮半島・大韓帝国(だいかんていこく。光武元1897年~隆煕四1910年)では光武六1902年から同八1904年にかけて栄一の肖像が印刷された第一銀行券が使われていました。
第一銀行は栄一によって設立された日本で初めての銀行であり、現在もみずほ銀行として日本経済の重要な一角を占めている事からも、当時の日本政府がいかに朝鮮半島の経済開発に力を入れていたかが分かります。
しかし、栄一の経済貢献≒活躍&人気を快く思わなかった伊藤博文(いとう ひろぶみ)が水を差します。

伊藤博文。彼も千円札の「顔」となっていた。Wikipediaより。
「大韓帝国はれっきとした主権国家でありながら、その通貨が日本の銀行券では、朝鮮人のプライドが損なわれてしまう。やはり大韓帝国で独自の紙幣を発行すべきであろう(大意)」
かくして栄一の紙幣は中央銀行券(後の朝鮮銀行)に切り替えられてしまいましたが、百年以上の歳月を経て日本でも栄一の功績が広く知られるようになり、誠に喜ばしい限りです。
これまでは高額出費について「あぁ、諭吉が飛んでいく」などと表現していましたが、これから当分は「あぁ、栄一が飛んでいく」に変わっていく事でしょう。
※参考文献:
多田井喜生『朝鮮銀行―ある円通貨圏の興亡』PHP新書、2002年2月
内海準二『お金の大常識』ポプラ社、2004年10月
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