起源は今でも不明な点が多し。天下を獲った徳川家の母体「松平家」8代の歴史【その1】 (2/2ページ)
実在が立証されている3代目「信光」
1404年頃に生まれたとされる松平家3代目の「松平信光」。父親は初代の親氏か2代目の泰親であり、はっきりしていない。山岳地帯にあった松平郷の平地進出を成功させ、岩城城を居城とした。松平家繁栄の基礎を作った人物とされる。
1467年から始まったんだ応仁の乱では、守護細川氏の「東軍」に属して、前守護である一色氏率いる「西軍」を破る。戦の中で安祥城を奪取、また五男・光重を西郷頼嗣の娘婿にすることで岡崎城も勢力下に治める。
信光は最終的に西三河を中心に松平家の勢力を大幅に拡大。最後は岩津城で没した。享年は76とも85ともいわれている。家督は三男の親忠が継いだ。
【その2へ続く】
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan