爆笑!猛暑もコロナもぶっ飛ばせ対談「笑福亭鶴光×三遊亭好楽」(1)リモート大喜利に救急車が鳴り響く (3/3ページ)
池袋演芸場でトリとってる時、初日、2日目と誘いに来て、もう今日は来ない思うたら、「甘いで」て入ってきた。
好楽 コースが決まってるでしょ。最後、浅草の寿司屋さんで朝4時頃、ヘベレケなのに大トロの握りが10貫出てくる。「こんなの食べられるわけない」って言ったら、兄さんは2貫ずつ5回に分けて食べた。胃に充満するアルコールをメシ粒で吸って、トイレで流せば治るって考え。
鶴光 正月に(林家)木久扇師匠と本誌で対談した時、「ライバルは昨年の売り上げ」やて。
好楽 台風で荒れた日、木久扇兄さんとアタシは地方で落語会があって、羽田空港行ったらほとんど欠航で、自分たちが乗る飛行機だけが飛ぶって。ムチャクチャ揺れてんの。それでも兄さんは「行かなくちゃダメだ」って言い張る。楽屋に一歩でも足を入れたらギャラになるんだって(笑)。
笑福亭鶴光(しょうふくてい・つるこ)1948年1月18日、大阪市出身。67年、上方落語の六代目笑福亭松鶴に入門。74年からニッポン放送「オールナイトニッポン」などのパーソナリティとして人気。東京を拠点に上方落語の発展に尽くす。上方落語協会顧問。落語芸術協会上方真打。J:COMJテレにて隔週土曜「オールナイトニッポン.TB@J:COM」などに出演中。「最近、昔の噺家の名演が配信されとる。エエこっちゃ。落語の配信と掛けて、二日酔いのクスリと解く。そのココロは、聴く(効く)と笑顔が戻るでしょう」
三遊亭好楽(さんゆうてい・こうらく)1946年8月6日、東京・東池袋出身。66年、八代目林家正蔵(のちの彦六)入門。林家九蔵を名乗る。79年、日本テレビ「笑点」の大喜利メンバーに。81年、真打昇進。82年の師匠彦六死去に伴い、83年五代目三遊亭圓楽門下に移籍。好楽に改名。一時、「笑点」を降板するが、88年復帰。12年、自叙伝「好楽日和。」(晶文社)出版。13年、自宅に寄席「池之端しのぶ亭」オープン。20年から圓楽一門会顧問。「100回の稽古より1人のお客さんの前で演じるほうが勉強になる。で、『しのぶ亭』を作ったの」