矢野浩二 中国デビューの経緯と仕事の繋げ方を語る (2/2ページ)
学費はやるから」っていただいたので、語学学校へ通いました。
テリー 他に日本人もいたんですか。
矢野 いましたけど、自分は避けてましたね。どうしても日本人だけで集まってしまうと、勉強にならないので。
テリー そうだよねぇ。
矢野 でも、あんまり効果はなかったです。やっぱり学校の勉強より、仕事現場のほうが覚えますよね。
テリー 頭いいですよね。だって、中国語って難しいじゃない。
矢野 でも、時間かかりましたよ。「あ、俺、けっこうしゃべれるな」と思ったのは中国へ行ってから6年後ですから。
テリー ある程度、中国語が話せるようになって、向こうの事務所に入るの?
矢野 いえ、当然プロダクションもあるんですけど、向こうは個人で活動している人も多いんですよ。すごく個人とのつながりを大事にするんです。だから、毎日食事や飲みに行ったりして、まぁ時間はかかりますけど、そこから仕事に発展することが多いですね。
テリー 仕事ないのに毎日飲みに行ったりって、お金が大変じゃないですか。
矢野 それが、中国の人って、すごくお客さんを大事にするんですよ。外国の人はお客さん扱いなんですね。「外国から来たお客やから、出さすわけにいかん」と、ほとんどおごってもらってました。
テリー へぇ。なんとなく中国の人って対日感情が悪い気がしますけどね。
矢野 いや、それはもちろんありますよ。でも、個人の関係としてはないですよね。逆に「あんた、よく頑張ってるなぁ」って同情してくれました。