昭和の「激アツ刑事ドラマ」主役を総直撃<倉田保昭>和製ドラゴンが本領発揮した香港ロケ (2/2ページ)
「向こうではマイケル・ホイ兄弟などコミカル路線が多かったから、ああいう硬派なタッチは珍しかったんでしょうね。小田切警視役の夏木陽介さんと香港ロケ中にナイトクラブに行ったら、僕らの顔を見て生バンドが主題歌の『面影』を演奏してくれたこともありました」
テレビにおける倉田の当たり役ではあったが、それでも「自分がこのドラマに出ていていいのか」と悩むことは尽きなかった。そして番組開始から4年後の79年に降板を申し出る。
「かなり強引に辞めたものだから、正直、日本の映画やドラマから干された部分はありました」
窮地を救ったのは、やはり香港のカンフー映画だった。人気者のサモ・ハン・キンポーの作品に出演するなど活動再開に成功。それは70歳を過ぎてなお、衰えることはない。
「海外の映画では、今も現役でアクションをやっていますよ」
さらに自身の道場を主宰するなど、和製ドラゴンは精悍なままである。