追悼・内海桂子「U字工事」が明かす「その日一番の笑いを…」爆笑秘話
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8月22日、三味線を抱えた漫才コンビ「内海桂子・好江」として人気を博し、女性芸人の第一人者として活躍した漫才協会名誉会長の内海桂子さんが、多臓器不全のため亡くなった。享年97。
16歳の初舞台から、現役生活は81年にのぼり、彼女を師匠と慕う後輩芸人は数えきれない。「俳優志望だったウッチャンナンチャンを芸人の道に導いたのが、桂子師匠だったことは有名。また、最後まで弟子のナイツをはじめとする孫、ひ孫世代の若い芸人たちを厳しくも温かい目で見守り続けた。“漫才界の母”と言うべき存在でしたね」(浅草演芸関係者)
今回の訃報を受け、親交があった漫才コンビのU字工事(福田薫、益子卓郎)が、在りし日の桂子師匠を振り返ってくれた。「僕らは2011年に漫才協会入りして、浅草東洋館に出させていただくようになりましたが、着物をピシッと着た桂子師匠が楽屋入りされると、フランクな雰囲気の漫才協会の皆さんも、ピンと引き締まるのが、まず印象的でした」(福田)
ここ数年は、足腰も悪くなっていて、マネージャーに支えられて歩くことが増えていたという桂子師匠。「それでも舞台に立つと、あの張りのある通る声が出て、その日、一番の笑いを取ってしまうんです。桂子師匠は、お肉とお酒が大好きだったと聞いていますが、そのおかげか、本当にパワーがすごかったんですよ」(益子)
■持ち時間をオーバーして…
彼女の“芸人魂”が、こんな笑いを生んだことも。「出番で持ち時間をオーバーして、袖から若手芸人が“終わりです”と言っても、客席の後ろから手で大きなバツを作ってもダメ。最後は、スナイパーがライフル銃で狙うみたいに細いライトを顔に向けて、やっと分かってもらっていましたね(笑)」(福田)
こんなほほ笑ましい一面もあったという。「5年前に、あした順子さんとAKB48(A=あした、K=桂子、B=ばばあ、48=シワだらけ)で活動していましたが、順子師匠がウケると、“私も!”とばかりにグイッと順子師匠の前に出てきて、一生懸命に笑いを取っていたそうです。順子師匠が、“すごいんだよ、あの人は”って驚いていました」(益子)
そうした桂子師匠の女傑ぶりから、U字工事は、芸人としての在り方を大いに学ばせてもらったという。「僕らの真打昇進の際には、口上にも出ていただいた。本当に感謝の気持ちでいっぱいです」(福田)
今頃、天国で先に逝った好江さんと思う存分、漫才をしているに違いない。