麿赤兒 役者も舞踏家も「おもしろければなんでもいいんですよ」 (2/2ページ)
だから「みんなそれぞれに何らかの才能がある。20歳なら20歳の作品だから、立っていれば体は語る!」なんて、インチキみたいな理屈をこねましてね。「大駱駝艦」はそういうところから始めてるんです。
テリー そうか。「何もしないで立ってるだけでも作品だ」と。
麿 そうですね。だけど、「つっ立ってるだけじゃアレだから、ちょっと何かしてみろや」と。で、「こうしたらおもしろいんじゃないか」と、手探りで30年、40年やってきたら、それなりのメソッドみたいなものが少しずつできてきまして。それで何とか今に至るという感じです。
テリー 大駱駝艦を作ったのは、もう48年前ですか。
麿 僕はその前、唐(十郎)の「状況劇場」にいましてね。そこをやめたら、若い連中が「どうするんですか」「何かやりましょう」って言うんです。僕はその時、「まぁ、待て。事を急くな」と大石内蔵助みたいに言ったんですけどね。
テリー アハハハ。
麿 そうしたら当時、うちの稽古場に遊びに来て、ゴロゴロしてるのがいましてね。ある時、みんなで裸で「ばぁ~」と重なって寝ているのをみて、「これ、おもしろいなぁ」と。
テリー ダラ~ンと寝てるのがおもしろかったんだ。
麿 そうそう。で、「ここへバッハの曲でもジャジャーンとかけりゃあ、もっといいぞ」と。そうすると、見てくれる人は、いろいろ考えてくれますからね。「これはひとつの愚者のナントカだ」とか(笑)。
テリー 確かに。「深い何かがあるに違いない」って思いますね。
麿 でしょう? 皆さん僕らより頭いいですし、一応「あれは芸術だ」っていうことになってますから。
テリー でも、もちろん何かメッセージはあるわけですよね、世界平和とか。
麿 いやいや、それは全然ないですね。そりゃあ、今でこそ思いますよ。「踊りは何のためにあるんだ。平和のためだ」とかね。でも、当時は、「何かおもしろいことをやりたい」だけでね。
テリー そうなんですか。
麿 そうですよ。自分を正当化しようと思って、わけのわかんない論理を言い始めたのは最近ですよね(笑)。