加藤茶vsダチョウ倶楽部「志村けんをドリフに加入させた理由」秋の爆笑スペシャル対談〔前編〕

日刊大衆

ダチョウ倶楽部
ダチョウ倶楽部

 10月2日から14日まで、加藤茶(77)とダチョウ倶楽部肥後克広=57、上島竜兵=59、寺門ジモン=57)による『芸道45周年 細川たかし特別公演35周年 ダチョウ倶楽部一座旗揚げ公演』が、明治座(東京)で公演される。そこで、両者を招いての豪華座談会を開催。前後編2回にわたり、コントへの思い、これからの人生を語ってもらった!!(文中・敬称略)

――今年の『24時間テレビ』(日本テレビ系)では、77歳とは思えない、ハリのある素晴らしい美声を聞かせていただきました。いつまでもお若い加藤さんの、“笑い”の原点を教えてください。

加藤 高校に行かないで映写技師のアルバイトをしながら、ジェリー・ルイスやチャップリンの映画を何回も観て、“笑いっていいな”と思ったんだよね。

上島 その後、ミュージシャンになるんですか?

加藤 そう。上京してやることなくて、“そういえば親父はバンドマンだったな”と思って、スターダストというバンドの“ボーヤ(付き人や弟子)”を始めて。ボーヤの半年間でドラムを教えてもらったの。その後、バンドに入ってドラムをやっていたら、ドリフターズにスカウトされて…。

寺門 下積みが半年なんて、やっぱりスターですね。モテたんじゃないですか?

加藤 モテたなぁ(笑)。ジャズ喫茶で演奏していた頃、女学生のファンがものすごく多くて、俺がステージに出たら“キャー!”と黄色い声援が飛ぶんだよ。花束をたくさんもらうんだけど、枯らしちゃもったいないから、“悪いけど、お金でくれない?”って。

寺門 お札の首飾りをもらう旅芸人みたいな(笑)。

上島 志村さんも言ってましたよ。舞台をやっているとき、たくさんの祝い花を見て“花より現金が欲しいよな”って(笑)。

寺門 ミュージシャンからお笑いに行くきっかけは、あったんですか?

加藤 リーダーが違った初期のドリフターズのときから、曲と曲の間にサービスでコントをやっていたけど、長兵衛さん(いかりや長介)がリーダーになってコント色が強くなったんだよ。

――“バンドからお笑い”といえば、クレイジーキャッツが先駆者でした。

加藤 クレイジーさんがジャズで、ドリフはロックだから、最初は“同じことをやっても被かぶんないだろう”と、クレイジーのネタをパクっていたんだよ(笑)。

ダチョウ え~!

加藤 その後、クレイジーさんが音楽コントをやらなくなっていたから、俺らは音楽を捨てないでやっていこうと。ただ、『8時だョ!全員集合』(TBS系)が始まったら、毎週毎週、コントを考えなきゃいけないから、音楽をやる時間がなくなってしまったね。

■加藤のギャグはほとんどアドリブ

――ダチョウさんは『全員集合』を見ていた世代ですよね。

肥後 もちろんですよ。加藤さんの“ちょっとだけよ”なんて大好きでしたから。

加藤 俺のギャグは、ほとんどがアドリブから生まれているからね。

寺門“加トちゃんペ”もアドリブですか?

加藤 コントでハゲヅラとヒゲをつけていたけど、いい糊じゃなくてヒゲが剥がれそうになって。指でヒゲを抑えながらコントしていると、長さんに“うっとうしいよ!”と言われたので、“ペ!”“ペ!”と挑発したら、お客さんにウケたんだよ。長さんをバカにしてる感じが面白かったんだよね。

――いかりやさんという権威に逆らうのが、ドリフのコントの構図でしたよね。

加藤 そうそう。絶対的な権力者に向かっていくから、お客さんは応援してくれるんだよ。ただ、長さんのことを“ゴリラ、ゴリラ”と言ってたら、ある日、“ゴリラと呼ぶのはやめてくれないか。せがれが学校でいじめられるんだ”と言われて。そのときに“ドリフはもうダメかもしれない”と思ったよね。長さんは“生涯、バカをやろう”と言ってた人だったのに、そうなると、俺たちもついていけないじゃない?

――上島さんが好きなドリフのギャグというと。

上島  僕は加藤さんと仲本さんの“いや~、まいった、まいった”が好きでしたね。

加藤  あれは荒井注さんが年中、やってた口癖みたいなもので。荒井さんは面白かったよね。

■荒井注の脱退後、志村けんを

――荒井注さんの脱退後、志村さんをドリフに加入させたのは加藤さんなんですよね。

加藤  長さんは同年代の人を入れようと考えていたから、“待ってくれよ。どうせなら若くて生きのいい男を入れようよ。ウチに、いいのがいるじゃない”と薦めたのが志村だった。

――志村さんの勘の良さを分かっていたんですね。

加藤  うん。ふだんから志村とふざけ合ってたからね。平気で俺を叩いてくるし、コイツならできると思って。

肥後  ただ、志村さんがドリフに加入した直後は、お客さんに受け入れてもらえなかったですよね。

加藤  飲み屋で志村が“どうしたら、いいんですか~!”と愚痴ったとき、俺は“ドリフに入った以上は、自分から意見を言えるようにならなきゃダメだよ”と話したんだよ。自分の意見が通って、そのネタがお客さんにウケたら、こっちのものだから。

寺門  加藤さんみたいに自由にやらせてくれる先輩がいたから、志村さんも発想を広げることができたんでしょうね。2人でやるコントの場合は、基本的に志村さんがツッコミでした。

加藤  そうだね。アイツは、ツッコミもボケも両方できたから。長さんがいなくても、志村がいれば成立したんだよ。

■志村と上島がコントを

寺門  志村さんと加藤さんがやっていたコントを、志村さんと竜ちゃんでやることがあったけど、ものすごいプレッシャーだったよな。

上島  勘弁してほしかったよ。台本を読んで“これ、加藤さんとやってたコントだ”と気づいたときのプレッシャーは、すごくて。

加藤  竜ちゃんには竜ちゃんの、いいところがあるじゃない。

上島  志村さんも“おまえの味を出せばいいから”と言うんだけど、結局は“違うんだよなぁ。加藤さんだったら、もっといいリアクションをしてる”と叱られるんですよ。しまいには“ツッコミがいがないわ!”って(笑)。

肥後  加藤さんと志村さんのコントは2人だから成立していて、他の人が入ってもダメなんですよ。

上島  志村さんは亡くなってしまったけど、追悼番組での加藤さん、仲本工事さん、高木ブーさんの掛け合いは絶妙でしたよ。

加藤  ドリフでツッコむ人がいなくなったから、俺がやるしかない。まぁ、ブーたんには何を言っても返ってこないけど(笑)。本当は5人が70歳を過ぎた状態で、コントをやりたかったんだよね。

―― 爆笑インタビューの続きは、次号に掲載!  後編では4人のライバルから座右の銘、今回の舞台共演への思いまでを激白。お楽しみに!

かとうちゃ 1962年ザ・ドリフターズに加入。『8時だョ!全員集合』放送で人気が加速。「ちょっとだけよ」や「加トちゃんペ」などの一発ギャグは社会的ブームに。現在も『24時間テレビ』に出演するなど第一線で活躍中。

だちょうくらぶ 肥後克広、上島竜兵、寺門ジモンのお笑いトリオ。1985年結成。『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』などの番組でリアクション芸で人気を博し、売れっ子トリオに。現在も数々のお笑い番組で活躍中。

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