浅野温子「角川春樹監督に怒られて…」ズバリ本音で美女トーク (4/6ページ)

日刊大衆

――『スローなブギにしてくれ』では大胆なシーンに挑戦されましたが、当時は抵抗や恥ずかしさはありませんでしたか?

浅野  全然なかったといえば……それはなかったですね。あの作品が持つ空気感が私をそうさせたってことでしょうか。

――同作は浅野さんにとって、ターニングポイントになったというわけですね。

浅野  そうですね。あれは大きかったし、次が『陽暉楼』(83年)で。それから『薄化粧』(85年)とか、ヘビーなのが何本か続いたんですね。それで自分の中では、もう鬱屈しちゃって。暗いのばっかり続いたから、気持ちも暗くなっちゃったんです。“弾けたいなぁ〜”って気持ちが、グ〜ッて溜まっていたんです。

■時間があると求人情報誌を見ていた

――ヘビーな現場が続いた、ということですが、当時、女優を辞めたいって思ったことはあったんですか?

浅野  というより、この職業自体がいつまでできるか、よく分からなかったですね。そういう意味では、仕事に対してあまり腰が据わっていなかったというか。早く、なんか見つけなきゃなって考えていたんです。だから、時間があると求人情報誌をよく見ていました。皿洗いなら何歳までとか、お運びさんなら何歳までとか。女優として使われなくなる前に何か手に職をつけたほうがいいんじゃないかとか、いろいろ考えていましたね。

――浅野さんにも、そんなときがあったんですね。

浅野 まぁ、そんな時間があるくらいだったら、ちゃんと演技の勉強しろよ、みたいな感じですよね(笑)。今は自分で、こんな役をやりたいと考えるよりは、いただいた役を、どう全うするかが一番大きいですね。その後、出演させてもらったドラマ『あぶない刑事』(86年)、『パパはニュースキャスター』(87年)などが時代にうまく乗れたのかなっていう感じですよね。

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