親近感と愛着で溢れる地蔵菩薩が慈悲と救いの仏と言われる理由 (3/3ページ)
力無き優しさは無力である。地蔵は優しいだけで弱い存在ではない。だから子を亡くした親たちはその頼もしさにすがるのである。
大地母神といえば、地蔵は元々女性であったとする経典がある。「地蔵菩薩本願経」には「婆羅門の女人」が地獄に堕ちた母を救うために、六道を輪廻しその道々で苦しんでいる人々を救うと願を立てた。そして母は地獄を逃れることができたという。この女人こそが地蔵菩薩であると、この経は説いている。我が子を代わりに抱きしめてくれる地蔵のぬくもりは母性のぬくもりでもあった。
■すがる思い
元々難解な哲学に近かった仏教は大乗仏教となり様々な仏や神々が説かれるようになった。虚空蔵菩薩は無限の叡智を、不動明王は煩悩や悪の心を滅する力を表している。そして観音菩薩と地蔵菩薩は慈悲と救いの象徴である。観音さまが仰ぎ見る存在なら、お地蔵さまは今ここにいる存在である。文明がどれほど進歩しても、地蔵の慈悲にすがる人たちは絶えない。近くのお地蔵さまを見かけたら、気軽にかつ真摯に手を合わせてみてはいかがだろうか。
■参考資料
■紀野一義「地蔵菩薩 大地の愛」(1987)創美社
■寿岳文章 編「柳宗悦 妙好人論集」 岩波書店(1991)