巴御前には負けないわ!男顔負けの武勇を誇る、木曾義仲が愛した女武者・山吹御前【後編】 (2/6ページ)

Japaaan

しかし、都での行動に人心を失っていたため味方する者は少なく、やむなく宇治川で鎌倉軍の阻止をはかります。

この出陣に巴は同行しますが、山吹は都に残りました。

『平家物語』には、「木曾は信濃を出でしより、巴、山吹とて2人の美女を具せられたり、山吹はいたわりあって都に止まぬ」と記されています。

山吹御前はこの時、病気であったとも妊娠中であったとも伝えられています。病気だとしたら、度重なる戦陣の疲れや都で義仲がおかれた立場を思う心労によるものかもしれません。

義仲が去った都で、わずかな家来たちと戦の結果を待つ山吹の心情はいかばかりのものであったでしょうか。

おそらくは、木曾軍の強さに一縷の望みを託していたと思われます。

義仲との別れに際し、源氏方の猛将を組打ちで討ち取る巴。(月岡芳年画)
写真:wikipedia

しかし、その願いもむなしく、義仲は宇治川の戦いで惨敗、粟津の戦いで落命します。義仲に最後まで付き従った巴も、ついに行方知れずとなってしまいました。

日本各地の残る山吹御前にまつわる伝承

義仲の死後、山吹はどうなったのでしょうか?いくつかの伝承が残されていますので、ご紹介しましょう。

「巴御前には負けないわ!男顔負けの武勇を誇る、木曾義仲が愛した女武者・山吹御前【後編】」のページです。デイリーニュースオンラインは、山吹御前女武者平安時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る