戦国時代、67歳の武将・細川幽斎が遺した芸術作品とも言うべき「田辺城の戦い」【後編】 (2/4ページ)
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戦国時代、67歳の武将・細川幽斎が遺した芸術作品とも言うべき「田辺城の戦い」【前編】 戦国時代、67歳の武将・細川幽斎が遺した芸術作品とも言うべき「田辺城の戦い」【中編】 幽斎の狙いかくして500対1万5千という、並みの武将であれば
「名誉の戦死か、屈辱の生か」
という二者択一を強いられる状況で、幽斎は命と名誉の両方を守ることに成功しました。それどころか日本史上唯一の
「天皇が勅命を出してまで助けた男」
という称号を手にし、名声はむしろ高まったとさえ言えるでしょう。そしてさらに、1万5千の敵を足止めしたという戦功も挙げています。


