腕一本の勇姿!片腕になろうとも最後まで刀を振るった隻腕のサムライたち! (2/3ページ)
昌恒の奮戦によって勝頼は邪魔されることなく自害を果たし、目的を達成した昌恒も勝頼の後を追うように最期を迎えました。
不安定かつ片手ながらも昌恒は千人の織田軍を崖下の川へ突き落したので、その川は3日間赤く染まったままだったそうです。
この功績によって、昌恒は『片手千人斬り』の異名と伝説を残しました。
伊庭の小天狗と称された伊庭八郎そして2人目は伊庭の小天狗と称された幕末の武士、伊庭八郎(いば-はちろう)です。
天保8年(1844)に生まれた八郎は幼いころから漢学や蘭学といった学問に興味があったので、剣術稽古を16の頃から始めました。それでも才能があったので、八郎は伊庭の小天狗や伊庭の麒麟児と呼ばれていました。
慶応2年(1866)、八郎が以前に所属していた江戸幕府軍の部隊、奥詰隊が遊撃隊となると八郎も加入します。