日本の伝統的な結婚式…の割には実が歴史が新しかった「神前結婚式」 (2/3ページ)
1900(明治33)年5月10日、当時の皇太子・嘉人親王(後の大正天皇)と九条節子さん(後の貞明皇后)の「結婚の儀」が、宮中の賢所(かしこどころ=皇祖神・天照大神の御霊代(みたましろ)である八咫鏡を祀る)で行われました。
これに注目した日比谷大神宮、現在「縁結び神社」として人気の「東京大神宮」が式次第を簡略化させた「神前結婚式」を企画し普及に尽力したことから、国民に広まっていきました。
ちなみに嘉人親王以前の天皇や皇太子の結婚は、「結婚の儀」として行われることはありませんでした。
平安時代以降の皇后は、最初から「皇后」として天皇と結婚するのではなく、天皇の寝所に侍る「女御」と呼ばれる後宮の女官から昇進することが多かったのです。
そのため、後宮に女御や更衣などの身分の女性が上がる「入内」が、天皇の婚儀に相当する儀式とされていました。
神前式が流行する前の日本の「伝統的な」結婚式とは?では、神前式が広く普及する前の日本での「一般的な結婚式」とは、どのようなスタイルだったのでしょうか?
実は意外なことに、近年「式次第やルールにとらわれない、新しいスタイルの結婚式」として注目を集めている「人前式」に近いものでした。
結婚式は各家庭で、新郎の家に花嫁道具を運び込み(道具入れ)、花嫁が新郎の家に移動し(嫁入り)、家に親戚縁者を呼んでのお披露目会を行う(祝言)という流れで行われるのが普通だったのですよ。