明智光秀と共に戦死。本能寺の変を成した5人の重臣「明智五宿老」【前編】 (2/2ページ)

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光秀の丹波国平定によって波多野氏から奪った八上城(やかみじょう)の城代となる。

3. 斎藤 利三(さいとう としみつ)

「太平記英勇伝五十四:齋藤内蔵助利三」(落合芳幾作)

1534年。美濃斉藤氏の一族の元に生まれる。斎藤道三の息子である義龍に仕えたが、その後は光秀の家臣となった。光秀からの信頼が厚かったようで、筆頭家老として頭角を表した。兄弟に土佐国(現在の高知県)の大名「長曾我部元親(ちょうそかべもとちか)」の正室がいた関係で、明智家の外交に功績を成した。

光秀の丹波国平定に伴い「黒井城(くろいじょう)」城主となる。継室との間に生まれた娘には、後の江戸幕府3代将軍「徳川家光」の乳母であり、江戸城大奥の礎を築いた「春日局(かすがのつぼね)」がいる。

【中編】へ続く

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