恐山の僧侶が教える「生」の苦しみ・不安から解放される方法 (2/2ページ)
「損得」「褒められること」「友達作り」は、その根底に「思い通りにしたい」という所有の欲望が作動している。なので、これらへの強い執着は、自分自身が存在することに根拠があり、それ自体で存在しているという錯覚を強くすることになる。
「自分を大切にしない」ことである「放下」とは、この錯覚を解毒することであり、これが仏教の「無我」「無常」の教えに通じるのだという。
また、他者の「わからなさ」を受け入れ、さらに関わろうとする行為が仏教の根本理念の一つである「慈悲」の行為でもある。「わからない」死を目指して生きることこそが仏教であり、それは「死を受容するためのテクニック」でもある。その方法の一つが「放下」であるという。
自己の消去といっても、もちろん簡単にできることではないが、仏教の思想と哲学に本書を通じて触れることで、生の間につきまとう死への不安にどう対処すべきかが、おぼろげにでも見えてくるかもしれない。それはきっと自分の生にとって得難い経験だろう。
(T・N/新刊JP編集部)