日本橋、遊郭、長屋…浮世絵で見る、江戸時代を生きる人々のタイムスケジュールはどうなっていた?【その8】
これまで“江戸を生きる人々の1日のタイムスケジュールはどうなっていたか”についてご紹介しています。今回は“午後9時~午後11時頃”についてです。
夜四つ(午後9時頃から午後11時頃まで)
上掲の絵のタイトルにある「亥の刻」とは、“夜四つ”すなわち午後9時頃から11時頃のことをいい、その時刻の遊女の姿を描いています。
吉原で夜身世が始まるのが午後6時頃ですから、お客の指名があった遊女は客の相手をし、宴となります。夜9時頃にもなれば、まだ幼さの残る禿も酒器を握りながらもウトウトと眠そうです。
さて、夜身世が始まってすぐに客の指名があった遊女はお客と床に入る時刻です。
こちらの浮世絵に描かれている二人は多分馴染みの間柄なのでしょう。煙管を持って遊女を待つ客にも余裕があり、蚊帳をくぐって中に入る遊女の表情も穏やかです。このような関係にある相手なら、遊女も気が許せたのかもしれません。
意に沿わない客であろうとも床を共にするのが遊女の仕事だったのですから。一人の遊女が5人の客の相手をすることも珍しいことではなかったようです。
午後10時頃の吉原
江戸自慢三十六興 新よし原仲の町の桜 画:歌川豊国三代 出典:足立区立郷土博物館
午後10時頃、吉原の大門が閉じる時間です。それ以後は隣の潜り戸から出入りしました。上掲の浮世絵では、帰る客を送って門まで出てきた遊女が、大門に咲く桜に目を奪われているようです。
桜の花に嬉しさを感じたのか、左袖を口元に当てています。吉原の大門には秋は紅葉が飾られました。
張見世も午後10時頃つまり夜四つが終了時刻なのですが、それでは商売が成り立たないので、次の真夜九つ、つまり24時(午前0時)を“四つ”だと言い張って時間を延長していました。
町中の木戸が閉じられる
夜四つ(午後10時ころ)に江戸の町中の全ての木戸が閉じられました。
“木戸”というのは上掲の絵の左側にある黒い門のことです。木戸には2人ずつ“木戸番”がいて毎夜10時には門を閉める決まりとなっていました。
それ以降に外出の用事がある者は、木戸の左右にある潜り戸から通ることになっていました。そのさい木戸番は必ず通る人数分の拍子木を打ち、次の木戸番への合図とし追跡のかわりとなりました。
これは江戸の夜の防犯・防火のためであり、次の木戸番が拍子木の音を聞いたにもかかわらず、人が通らない場合は人を出して町内を見廻りして安全を確かめました。
火事の多い江戸では、木戸番が拍子木を打ちながら“火の用心”の見回りをもしました。
次に続きます。
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