大場久美子「歌はあえて下手にするんです」ズバリ本音で美女トーク

日刊大衆

大場久美子
大場久美子

 若い頃から変わらない、チャーミングな笑顔の持ち主と言えば大場久美子さん。デビュー当時の話や、気になる最近のことについても熱く語ってくれた。この記事を読めば、その意外な一面を知ることに!

――現在、J:COMで放送中の『東京北人図鑑』がとても面白いです。

大場 ありがとうございます! これは東京都の“北区”で活躍されている方を紹介する番組で、私はMCを務めさせていただいております。3年前から始めて、約150人の方にお会いしました。

――毎回いろんな業種の方からお話を聞いていますよね。

大場 はい! 今はコロナ禍なのでリモートになってしまったのですが、居酒屋の店長さんやボランティア団体の方、人間国宝認定の鍛金家の方、学校の校長先生に、税務署長さん……。ほんと、普段はなかなかお会いできない方も多くて、私も毎回、新鮮で刺激的です。

――いやあ、素晴らしいです。決して世間に広く知られていなくても、それぞれの世界で活躍されている方のこだわりや、意外な裏話なんかも聞けて、勉強になります。

大場 北区って、東京23区の中では端っこのほうになりますけど、下町ならではの人情味があったりして、個性的な方が多いんですよね。たとえば、地道に腕を磨かれている技術者の方や芸術家の方などがたくさんいて、私はとても好きです。

――大場さんにとって、北区は地元みたいなものですか?

大場 そうですね。私は埼玉県の川口市出身なので、北区はすぐ隣にあります。だから、昔からなじみ深い町なんです。

■芸能界に入ったのは13歳

――そんな大場さんは、高校生の頃にはアイドルとして活躍されていましたよね。

大場 実際、芸能界に入ったのは13歳のときなんです。私は小学生の頃にイジメを受けていて、今でいう“引きこもり”だったんです。そんなとき、友達が学校帰りにうちに寄ってくれて、“こんなのがあるよ”と教えてくれたのが、劇団のチラシだったんです。

――それは、劇団のオーディションのチラシってことですか?

大場 はい。当時の私は、人前で話すことが苦手なタイプだったのですが、テレビで見る芸能界に憧れのようなものはあったんです。それで勇気を出して、父に同伴してもらってオーディションを受けに行ったんです。だけど、“こんにちは”とひと言話すのが、精いっぱいで(笑)。

――今の明るいイメージからは、まったく想像がつかないですね。

大場 あ~。“よくしゃべるおばさんだなぁ”というイメージですよね?(笑)

――いえいえ。そして、そこから芸能活動をスタートさせたわけですね?

大場 そう。私にとっては“こんにちは”というひと言であっても、人前でちゃんと言えたことで、自分に自信が持てたんです。そこから芝居というものに取りつかれたんですね。大げさだと言われるかもだけど、“お芝居の中なら自分は生きていける”って。社会復帰ができたんです。

――そんな過去があったなんて、知りませんでした。

大場 今でも思い出すのは、これも13歳のとき。子役だった私は、あるリハーサルで失敗しちゃったんです。そのとき、先輩の女優さんに“あの子、本当に大丈夫なの?”と陰で言われたことがあって。

――うわあ。

大場 で、その先輩と同じテレビドラマに出演させていただいたとき、彼女は、私のほうは一切見ないで、セリフを言うんです。周りの人たちも先輩女優に気を遣うから、何も言えない感じで。そのことを知ったとき、私は残念な気持ちになったんです。

――確かに、それは悲しい出来事ですね。

大場 私は、同じ人間という生き物なのに、なんで上下関係があるのか、と思うんです。だから、私が芸能界にいる間に、上下関係なんてない、みんなが仲良くできる芸能界を作るんだって。そんなことできるはずがないのに、本気でそう思っていたんです。当時の私ったら、生意気ですよね(笑)

――いえいえ。大場さんの熱い気持ちが伝わってきますよ。

大場 もちろん、年功序列のように、自分より経験を積んだ先輩を尊敬するのは大切だと思いますよ。だけど、なんでそこまで上と下を決めるのかが、分からない。……あ、ごめんなさいね。話が逸れちゃった。アイドル時代の話だっけ(笑)。

■林寛子とお笑いコンビを組んで『キングオブコント』に

――はい。大場さんはアイドルとして“歌手”デビューされたんですね。

大場 そう。役者をやりたかったので、2年間だけという約束でアイドルをしていました。当時コマーシャルに出ていた私を、芸能関係の人が見て、歌を歌ってみないか、という話が舞い込んできたんです。

――歌うのは好きだったんですか?

大場 はい! レコーディングも楽しかったです。それに私を歌手デビューさせてくれたプロデューサーさんに言われた言葉が今も印象に残っています。“あなたは役者なんだから、メロディも大事だけど、歌詞を大切にしなさい”って。ただ歌うのではなく、歌の意味をちゃんと伝えるようにする。この教えは後に、女優として活動する中でも、本当にためになりました。

――その後、大林宣彦監督の『HOUSE』でファンタ役に抜擢されたんですね。

大場 大林監督からもたくさんのことを教わりましたね。とにかくワンカット、ワンカットを時間かけて大切に撮影される監督さんでしたね。たとえば、まばたき一つにまでこだわられるんです。

――すごい。そんな細かいところまでこだわりがあったんですね。

大場『HOUSE』よりも前の話ですが、松竹のカメラテストに行ったときも衝撃的でした。このカメラテストで、初めてカンコに出会ったんですよね。

――カンコ?

大場 堀越学園で同級生だった林寛子さんのこと(笑)。

――林寛子さんとは後にお笑いコンビも組んで、『キングオブコント2014』にも参戦されてましたが、その頃からのおつきあいなんですか。

大場 うふふ。で、このときのカメラテストは、私とカンコの2人だけ。彼女はさすが3歳から子役をやっているだけあって、演技力がすごかったんです。とにかく努力がすごいというか。カンコの姿を見て、私ももっと頑張らなきゃ、と衝撃を受けました。

――そんな大場さんはやがて“一億人の妹”と言うキャッチフレーズのもと、大ブレイクされましたね。

大場 はい。妹といっても“危なっかしい妹キャラ”でしたね。今だから言えるけど、レコーディングのときに、なるべく歌を上手く歌わないように、と言われていたんです。

――え? どうしてそんなことを?

大場 完璧すぎるとダメらしいんです。ちょっと危なっかしい感じがいいんだって(笑)。

――なるほど~。

■芸能以外の仕事も挑戦したい

――もっとお話をお伺いしたいのですが、そろそろ時間のようなので、今後の抱負を教えてください。

大場 コロナで大変な時期だけど、とりあえず10年間は、今持っているスキルで、お仕事を頑張っていきたいですね。

――大場さんは芸能界での仕事以外にも、心理カウンセラーをはじめ、エステティシャンとしてもご活躍されていたり、数々の資格を持っていたりもされていますよね。

大場 はい。私は昔から“芸能人だから、芸能界の仕事しかしない”といったこだわりは特にないんですよね。むしろ、そういうくくりはなくして、興味のあることに、どんどんチャレンジしていこうと思っています。今後の、私の新しい挑戦にぜひ期待していてください!

――今日はありがとうございました! 今年で61歳となった大場久美子さん。本誌記者はアイドル時代からの大ファンですが、今もやっぱりかわいかったです。そして何よりも、この優しくて面白い人柄。サービス精神旺盛で、ますます好きになっちゃいました。

●おおばくみこ 1960年1月6日、埼玉県生まれ。73年に子役としてデビュー。77年には「一億人の妹」というキャッチフレーズで歌手デビューも果たし、以後、ゴールドレコード賞を2度受賞。78年『コメットさん』(TBS系)に出演し、人気は不動のものとなった。女優やアイドル活動以外にもマルチに活躍しており、2014年には『キングオブコント2014』に出場。心理カウンセラーやエステティシャンとしても活躍中。今年の11月には自身のユーチューブチャンネル『大場久美子のクーミンChannel』を始めた。

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