オール巨人、カジサックYouTubeで紳助秘話披露も…もっと気になる「上沼恵美子」発言 (2/5ページ)
上沼は“最後の審査だと思って挑んでます。本当にファイナルです”と引退宣言をして話題になっていたし、何より、梶原と上沼さんには複雑な因縁がありますからね……」(女性誌記者)
梶原は、NSC在学中からコンビ・キングコングとして“天才”の名をほしいままにしたものの、心身ともに限界を迎え、03年に失踪事件を起こしてしまう。その後、療養して復帰したが以前ほど仕事もなく熱意もなかったため引退も考えていたが、そんなタイミングで15年に、『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)のレギュラーが決まった。19年9月の放送された『しくじり先生』(テレビ朝日系)で、梶原は上沼の名を恩人として挙げて「おそらく、このレギュラー番組が決まってなかったら数か月後に(芸人)辞めてます、確実に」と話していた。
■YouTubeデビューのキッカケは上沼だった
「“あなたはスターになれるよ”“ならないといけないよ”と上沼に励まされたのを機に“新しいことにチャレンジしなければ”という思いが生まれ、YouTuberのイベントに参加した際に衝撃を受けた梶原は、YouTuberのカジサックとなった。これについても“上沼さんの言葉がなければ挑戦してなかった”“いまはこんなのが人気なんや~で終わってた”と、『しくじり先生』で上沼への恩義を熱く語っていたんです」(前出の女性誌記者)
ところが、である。20年6月、梶原は『えみちゃんねる』と、同じくレギュラーだったラジオ『上沼恵美子のこころ晴天』(ABCラジオ)を、事前の説明や卒業の挨拶もなしに電撃降板。