“懐石“という言葉は仏教由来?仏教と茶道の影響を受けた和食文化
日本の文化を学んでいると、そのコンテンツに多くの仏教的なものが関わっているということに気がつきます。今回は、そんな仏教に影響を受けた日本文化の中から、特に「食」に関わるものを紹介していきたいと思います。
懐石料理まずは「懐石料理」。
通常、懐石料理といえば料亭で出される豪華な食事というイメージが強いです。かくいう筆者も、きちんとした懐石料理を食べた経験はまだありません。
この「懐石」という言葉が実は仏教由来の言葉だったのです。その昔、禅宗のお坊さんが飢えと寒さを凌ぐために、火で加熱した温めた石(温石 おんじゃく)を懐に入れていました。
そして、訪問局に対して「せめてものおもてなしを」ということから懐の石を提供するようになったそうです。その後、この風習が千利休を通して茶の湯の席にも取り入れられ、お茶を味わう前にもてなされる食べる料理が「懐石」となったと考えられています。
この料理の構成は、きちんとした流儀があり、ごはん、お吸い物、3品のおかず、香の物という、今の、和食の基本でもある「一汁三菜」のスタイルで構成されていました。
それが時を経るにつれて、だんだんと種類が増えて豪勢となり、現在のようなスタイルに変わっていったと考えられています。
略式の懐石弁当「松花堂弁当」また、中に十字形の仕切りがあり、縁の高いかぶせ蓋のある弁当箱を用いた略式の懐石の弁当のことを「松花堂弁当」といいます。
これは、江戸時代初期の真言宗の僧侶・松花堂昭乗1582~1639)が、とある農家が用いていた種入れをヒントに思いついたもの。書家としても活躍していた彼は、自分で作ったその容器を絵具箱や煙草盆として使用していました。
それが、昭和になってから大阪の茶道家・貴志弥右衛門が、料亭「吉兆」の創始者・湯木貞一にそのような器で茶懐石の弁当を作るように依頼したのがその始まりだと考えられています。
このようにしてみると、「懐石料理」も「松花堂弁当」もともと仏教僧が関係していたものが、茶の湯を介して日本文化の中に取り入れられたという共通点があります。
和食文化ひとつとってもこのように仏教や茶道が大きく関わっていることを知り、とても興味深く感じます。
参考
宮崎 正勝『知っておきたい「食」の日本史』 ‶松花堂弁当の由来”「京都吉兆ホームページ」日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

