教師のブラック労働化を引き起こす「正論」とは? (2/2ページ)

新刊JP

■教師を疲弊させる反論できない「正論」

では、この価値観が教師のブラック労働化にどうかかわっていくのだろうか。
たとえば、新学期に学級開きをする時や、クラス替えの際、最近の学校では生徒が病気や障害、発達障害を抱えていないか、食物アレルギーはないか、家庭での虐待や健康不安はないか、入念に調査するという。そして、問題があれば関係する諸機関と連携して指導する。これだけでも、教師には大変な負荷がかかる。

また、生徒が家出した際は、その生徒は自殺するおそれがあるとみなされ、校長や教頭など管理職から教師に徹底的な捜索が指示される。教師たちはあらゆる伝手をたどり、警察の捜索に協力し、行政への報告文書を作成する。その間、通常の学校業務がすべて止まるほどの騒ぎになってしまう。同様に、学校でいじめを受けた生徒も「自殺する可能性あり」と見なされ、その生徒を一人にしないために、学校側の指導の手間は際限なく膨らんでいく。

「子どもの命を守る」という価値観は絶対的に正しい。その一方で、子どもの食物アレルギーの調査や、家出した子ども捜索を行うべきは本当に学校や教師たちなのだろうか、という点には議論の余地があるだろう。教育の現場で起きていることを見ると、正論が共有されている一方で、「その正論のためにどこまでやればいいのか」という線引きがされていないために疲弊していく教師たちの姿が浮かび上がる。

反論の余地がないからこそ、その実行を担う教師が苦しむ。こうした正論は他にもあるという。

人間に限界がある以上は、教育にも限界がある。(中略)ところが今、人々は、その教育の限界に目を向けず、まるで科学技術の進歩を信じるように、教育の進歩とそのバラ色の未来を信じようとしているのではないか。(p.188)

喜入氏はこんなことを書いている。世の中が教育に求めるものは増え続け、それは確実に教師にのしかかる。教師の労働量の問題は、現場で起きている質の変化に目を向けることなしに対処することはできない。本書で明かされている「正論」の数々と、それが端緒となる悪循環は、教育に携わる人だけでなく親や地域の大人たちにとっても他人事ではないのだ。

(新刊JP編集部)

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