手裏剣は達人、写真雑誌に投稿も!? 草なぎ剛版「徳川慶喜」はモックンを超える? (2/2ページ)

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さらに彼の頭には徹底抗戦したところで勝機はなく、いたずらに内戦が長引けば諸外国から介入のチャンスを与えることになる、という予想図があったとも言われます。ただ、前線で命をかけて戦う部下たちを置いてきぼりにしたのは事実。そのあたりが評価を二分する理由なんです」(前出・歴史研究家)

 江戸へ戻った慶喜は朝廷への恭順姿勢を示し、後始末を勝海舟に一任。江戸城が無血開城されると、駿府(現在の静岡県)に移住、地元の人々から「ケイキさま」と呼ばれ、親しまれながら30年の余生を過ごした。

「隠居後は、それまでのことが何もなかったかのように、油絵や弓道、刺繍、狩猟などの趣味に没頭する毎日。中でも熱中したのがカメラで、写真雑誌に何度か投稿したものの、センスがなかったのか、採用されることはあまりなかったようです」(歴史ライター)

 また、狩猟で得た獲物を自らが調理し、知人らに振舞うこともあったとされるが、

「慶喜が一橋家の当主だった頃は、獣肉を食べることは禁忌とされていたため、大奥では口にすることはなかったようですが、豚肉を好んで食べたことが庶民の間に広まり『豚一様』と呼ばれ、大奥の女中たちからは嫌われていたようですからね、歴史の教科書では教えてくれない、この稀代の変わり者を大河で、草なぎがどう演じるかが見ものですね」(前出・歴史ライター)

 徳川慶喜を演じる草なぎは、NHKの情報番組に出演した際、ジャニーズの先輩にあたる本木雅弘主演のNHK大河ドラマ「徳川慶喜」(1998年)について話を振られると「見なかったんですよね(笑)」とバッサリ。あえてモックンの演技を見ないことで、自分なりの“慶喜像”を作り上げていく覚悟かもしれない。

(灯倫太郎)

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