インドの屈指の幽霊スポット、廃墟となった中世の町「バーンガル」 (3/3ページ)

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Image Credit Flickr User Shawanaz Sid
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 導師Balu Nath の出した条件は、上王の息子の世代となった頃にはに忘れ去られていった。次世代のマハラジャは新たに自分宮廷を数階建て増ししを行い王宮も相当高くなった。そしてとうとう、導師の住居に影を落とすようになってしまったのだ。まもなく、未だに明らかにされていなかった厄災が都市を席巻した。 

 歴史学者達は当初、その都市の凋落は侵略戦争によるものだと考えた。にもかかわらず、当時の建物の大半は無傷のまま残されていて、市内や周辺で戦闘が行われた痕跡は見当たらなかった。砦や完成間近だった数枚の壁は手付かずのままだった。都市の衰退の原因は、戦争ではなくこの地域での自然災害によるののではないかという見方が強い。 

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Image Credit Flickr User Shahnawaz Sam
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Image Credit Flickr User Shawnawaz Sam
 他にもこんな言い伝えがある。バーンガルにはRatnavati という名の美しい姫が住んでいた。ある若い魔術師はひそかに彼女に思いを寄せていたが、その恋は決して叶うことがないことを知っていた。そこで彼は彼女が彼に夢中になる魔法のオイルを作った。ところがこのしたたかな姫は闇の魔法に思いのほか詳しく、それが魔法の惚れ薬だと知っていたため、オイルを地面に投げつけた。 

 その液体は岩に変化し、不運な魔術師を押し砕いた。彼は最後の命を振り絞り、その姫と宮殿に呪いをかけた。その後1年以内に大きな戦があり、姫は犠牲者の一人となったという。この強引な内容の伝承を信じるかどうかはどうあれ、どんな場所にも地元で語り継がれる都市伝説がある。 

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Image Credit Flickr User parth joshi
 正確な理由はあいまいながら、1630年以降、バーンガルは地域の行政の中心から外れたことは確かである。その後、そこに住み続ける人はほんの少数だけだった。その人々も1783年の飢饉以降、バーンガルに戻ってくることはなかった。 

 彼らは石造りの建築物をそのまま残して消えた。まだ利用できる状態であったにもかかわらず、他の建設計画に再利用されることは一度もなかった。そのことが更に「霊に取り憑かれた場所」としての悪評を高めていったのだ。 

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Image Credit flickr User parrth joshi
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Image Credit Flickr User parth joshi
 現在バーンガルは、観光地として再び脚光を浴び始めた。観光客相手に商売をする為、周辺には1,000程の小さな集落ができた。

 その村の住民は、観光客らに、夜になると誰もいないはずのバーンガルが活気に満ちていくその理由を教えてくれるかもしれない。とはいえ夜に、そこに探検しに行く勇気のあるものは今だ現れていないそうだ。 

インドのゴーストタウン、幽霊スポット「バーンガル」 



via:kuriositas

原文翻訳:R 

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