江戸城の地震避難用に造られた「地震の間」とは?将軍を守るためのアレコレ (2/2ページ)

Japaaan

『建築二十講』大熊喜邦 著、大正12

下記の見取り図には地震の間の記載はありませんが、江戸城の広さを想像できるよう参考に掲載します。

暗殺から守れ!布団や駕籠は

寝ているときに下から突かれたら一番危なかろう、ということで、敷き布団は揚畳の上に二つ三つ重ねて敷きました。その厚み30センチもあろうかという分厚さ!さらにその下に藁を敷くという念の入れようでした。

「正徳江戸城図写」国立国会図書館蔵

駕籠の下には鉄板を敷き、たとえ地中から突かれたとしても刀が貫通しないようになっていました。地中に穴を掘り、そこに潜む間者・・・あまり現実的な暗殺方法ではないことのように思えますが、太平の世が盤石になるまで常に暗殺の危険があったのでしょう。

どこにどんな危険が潜んでいるのか、想像力を駆使して対処していことがうかがい知れます。

参考:『建築二十講』(大熊喜邦 著、大正12)、『徳川将軍家の真実』、『『科学でツッコむ日本の歴史~だから教科書にのらなかった』

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