女湯に入る特権つき?江戸時代のモテ職業ベスト3「江戸の三男(さんおとこ)」の一つ・与力とは? (2/5ページ)

Japaaan

歴史の授業を覚えておいでの方なら「そう言えば、大塩平八郎(おおしお へいはちろう)が与力だったような……」など、ピンと来るかも知れません。

大塩平八郎。叛乱のイメージが強いが、与力としても活躍していた。

と言っても、大塩平八郎が叛乱を起こす前に、彼が与力としてどんな仕事をしていたのか(そもそも与力とは何なのか)と訊かれると、そこまでは習ってor覚えていない方も少なくないでしょう。

そこで今回は「江戸の三男」の一人・与力とはどういう仕事で、なぜモテたのか?ついて紹介したいと思います。

力を与え、与(くみ)する「寄騎」に由来

与力と言うと、お江戸が舞台の時代劇によく似合うイメージですが、役職としてはともかく、与力の存在自体は中世(平安時代~戦国時代)からありました。

元々はただ「戦さなどに加勢する者」つまり「力を与え、与(くみ)する者」という意味で、「寄騎」とも書かれたように、颯爽と助太刀に駆けつける騎馬武者の頼もしい姿が想起されたことでしょう。

戦国時代になると在地の土豪を指すことが多くなり、大名たちは彼らを直接雇い入れて有力な家臣に派遣して寄親(よりおや)・寄子(よりこ)関係を結ばせ、軍事力を有効に活用しつつ、謀叛を起こさせぬよう監視させる役割もあったようです。

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