古典落語の死神 西洋の死神 仏教の死神 いろんな死神 (2/2ページ)
上記、落語の「死神」は、日本の死神のイメージではなくグリム童話より考えられた内容だとか。そう言えば、現代の日本の死神は、日本の古典文学との死神とは少し様相が変わって、死を宣告する役割に変わったように思う。漫画やドラマにおいての死神は殺そうとするのではなく死ぬまでの間、見守ってくれるような親近感さえある。なので、上記の落語の死神にも何だか愛嬌を感じるのは、最近メディアで見た死神を連想したからかもしれない。
■仏教においての死神
仏教では、死にたい気持ちにさせる魔物として「死魔」というものがあるそうだ。それは死神として実体があるわけではなく、仏道の修行を邪魔する四魔の一つとされている。
■魔がさす
「ついつい魔が差してダイエット中にも関わらず、甘いものに手を出してしまった。」などで使われる「魔が差す」だが、これは、悪魔が取り憑いて心を乱すというものであろう。落語の「死神」も、死神に遭って命拾いしたものの、最後は自分自信の悪魔、魔が差したことで、元に戻る結果となったのではなかろうか。
このコラムを書きながら死神は自分自身の中に存在し、それが現れる時というのは魔が差しての行動が限度を超えた際の行く末かもしれないと、自分に戒めてみた。