餅田コシヒカリ カトパンのモノマネをすることになったきっかけ (2/2ページ)

アサ芸プラス

テリー なんでコシヒカリなの?

餅田 本名が持田ひかりなんですよ。だから、あまり深く考えずに、ちょっとモジって、コシヒカリにしちゃいました。

テリー あ、そういうことか。その名前だとコシヒカリがたくさん送られてくるだろ。

餅田 はい、メチャクチャ送っていただきます。30キロとかボーンと送ってくださる方もいますし。

テリー 生まれ育った仙台はどういうところ?

餅田 青葉区なんですけど、けっこう山の奥のほうで、イノシシとかサルがざらにいるようなところでした。

テリー 震災の時は大変だったでしょう。

餅田 はい。私のところは被害はそれほどでもなかったんですけど、すごく揺れました。

テリー 学校にいたの?

餅田 はい、合唱部で。グランドピアノが飛んできたりとか、けっこうすごかったです。

テリー 合唱部だったの?

餅田 そうですね。子供の頃からピアノを17年間ぐらいやってまして、合唱部の時は「NHK全国学校音楽コンクール」と「全日本合唱コンクール」で全国大会に出ました。

テリー すごいじゃん。子供の頃からピアノがあるって、家はお金持ちなの?

餅田 どうなんですかね。今はもう引退してるんですけど、両親がオーケストラで働いてまして、家に防音のレッスン室があります。今は、自宅で生徒さんを教えてたりとかもしています。

テリー ほら、絶対お金持ちだよ。合唱団って普通は入らないじゃない。

餅田 でも、田舎なので。

テリー ご両親は今の仕事を何と言ってるの?

餅田 両親も好きなことでずっと生きてきてるので、私に対しても好きなことして生きていいよっていう感じです。

テリー ごきょうだいは?

餅田 3人で、兄が2人います。兄たちは無口なタイプで、何も言ってこないですね。「頑張れよ」ぐらいな感じです。

「餅田コシヒカリ カトパンのモノマネをすることになったきっかけ」のページです。デイリーニュースオンラインは、週刊アサヒ芸能 2021年 5/20号モノマネマネージャー加藤綾子テリー伊藤エンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
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