禁断!〈歌番組の放送事故〉一挙公開!<紅白&レコ大篇>欅坂46の過呼吸事件 (2/2ページ)
「70年に11回目の出場だった橋幸夫(78)は、新曲を歌うはずが、司会の宮田輝アナが『いつでも夢を』を歌えと鶴の一声。僕も見せてもらった台本には新曲が書かれていて、本当に土壇場で歌を変更させたんです」
ベテランの菅原洋一(87)が86年に「小雨降る径」で出場した時は、マイクがまったく機能しない状態。それでも菅原は、審査員席に向かってアカペラ状態で熱唱を続け、マイクがオンになった時には会場から万雷の拍手が寄せられた。
「途中でスタッフの『入っていない!』の怒声がオンエアされていました。その後、菅原は音声だけ録り直しをして、完全な形のものがアーカイブスでは使われています」(合田氏)
紅白の風物詩だった小林幸子(67)の豪華衣装は、スケールが大きくなるにつれて、事故も発生。92年には「恋蛍」の曲名にちなみ、6万200個の電飾を仕込んだが、本番で点灯したのは2万個のみ。小林は楽屋で号泣したが、転んでもタダでは起きない。
「NHKの『歌謡コンサート』に、同じ衣装で『リベンジです』と臨んで、ちゃんと成功させました」(合田氏)
13年の紅白は、御大・北島三郎の勇退が目玉だったが、それを台無しにしたのがAKB48の大島優子(32)。ステージ上で突然、卒業を発表し、御大のインパクトを奪ったとして批判が渦巻いた。
17年は、欅坂46が「不協和音」を披露したが、内村光良との共演で2度目の歌唱となった時に事件は起こる。センターの平手友梨奈(19)ら3人が過呼吸でバタバタと倒れたのだ。
演出だったのか、純粋な事故だったのか、今も真相は藪の中だ。