幕末の志士たちを震え上がらせた新選組!10人の組長たちの終焉【後編】 (2/3ページ)

Japaaan

谷三十郎 七番隊組長

七番隊組長の谷三十郎は、槍術師範でもあり腕も確かなようでした。その証拠に新選組では、池田屋事件他いくつかの活躍が記録として残っています。ただし、性格に難ありで横柄な気質だったようです。

武士の身分だった谷三十郎は、近藤にとっては魅力的であり頼りになる存在でもありました。

谷三十郎の終焉

新選組の七番隊組長なのにあまり名前があがって来ない理由は、突然の死が原因です。そして未だに死因は謎のまま。新選組組長として一瞬輝きを放って消えていった34年の生涯でした。

隊内で何か問題を起こし斎藤一に暗殺された、大酒飲みで脳槽中で急死したなど、その死にはいくつかの説があります。

藤堂平助 八番隊組長

藤堂平助は、若くして剣の才能もあり最年少組長でした。新選組では「魁先生(さきがけせんせい)」と呼ばれ、戦闘では先陣をきる血気盛んなところを見せていました。新選組でも重要なポジションを任され、近藤や土方の信頼も厚かったようです。

北辰一刀流の目録(免許に匹敵)を十代で取得するほどの腕前でした。新選組参謀となる「伊東甲子太郎」を招き入れたのは、伊東の寄り弟子であった藤堂平助でした。しかし、この伊東の入隊が平助の人生の岐路となったのです。

藤堂平助の終焉

伊東甲子太郎の寄り弟子でもあった藤堂平助は、伊東が新選組を脱退し、御陵衛士となった時も付き従って脱退します。最終的に伊東が近藤や土方を殺して新選組隊士を御陵衛士に取りこもうとした陰謀がばれて、暗殺されます。

伊東の亡骸が道に捨て置かれているのを運びに来たところを新選組に取り囲まれ、「平助だけは助けよ」との近藤や土方の思いもむなしく斬りあいの末、命を落とすことになったのです。家族のように信頼された新選組に、最期は殺されてしまった悲しい23年の短い生涯でした。

鈴木三樹三郎 九番隊組長

鈴木三樹三郎は、新選組参謀となった伊東甲子太郎の実弟。伊東とともに新選組に入隊し、九番隊組長に任命されます。しかし、鈴木三樹三郎が新選組で残した実績はほとんどありません。伊東の実弟だったため組長になれたのかも…..。

美男子であった様子が、残っている写真からうかがえます。

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