『呪術廻戦』禪院真希の“殺戮描写”に賛否… 彼女は英雄なのか? 殺人鬼なのか? (2/2ページ)

まいじつ

しかし一方で、真希の殺戮を〝正当防衛〟と捉える読者もおり、《真希さん虐殺したみたいになってるけど、殺しにきてるのアイツらだから正当防衛だよね》《禪院家が真希・真依と恵を殺そうとしてたし、これを考えたら正当防衛と言える気もするんだよなぁ…》《個人的感情としては同情しかない。罪を着せられ、殺される予定の彼女らに逃げ道は無かった》《向こうが殺しに来ているから正当防衛。そもそもクソにクソを塗りたくったような感じなので『火の粉を払った』にすぎないかと》《真希さんがいつもの真希さんだったら、こんな殺戮を行わなかったと思う。真依の「全部壊して」の呪いがどれだけ強力だったかという話だよね》などの意見も散見された。

“罪の意識”はどこから生まれるのか?

大量殺戮といえば、渋谷事変での宿儺を思い浮かべる人もいるだろう。この事実に虎杖悠仁は、罪の意識に苛まれていた。しかし、伏黒恵は虎杖に「俺たちは正義の味方(ヒーロー)じゃない 呪術師だ」「俺達を本当の意味で裁ける人間はいない だからこそ俺達は存在意義を示し続けなきゃいけない」「もう俺達に自分のことを考えてる暇はねぇんだ ただひたすらに人を助けるんだ」と説いている。

ドストエフスキーの『罪と罰』を筆頭に、罪の意識というのは物語の展開やキャラを動かすうえで重要なポイント。「一つの微細な罪悪は百の善行に償われる」という思想は、現在にも受け継がれているだろう。「勝てば官軍、負ければ賊軍」ということわざもあるように、勝者こそが正義としての歴史を紡ぐこともできる。

大きく話題になった真希の無双展開。作者の芥見下々は今後、業を背負った禪院真希というキャラをどのように動かすのだろうか。

文=「まいじつエンタ」編集部
写真=まいじつエンタ

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