門下生には坂本龍馬や新撰組隊士も。江戸三大剣術道場「玄武館」と北辰一刀流の軌跡【前編】 (2/2ページ)

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周作亡き後の玄武館

現在の玄武館跡地(Wikipediaより)

周作には4人の息子があった。二代目は3男の道三郎が継いだ。道三郎に師事した小林誠次郎は北辰一刀流の相伝を受けた後、弟子の勝浦四郎を養子とする。四郎は北辰一刀流の免許を得た後に小樽へ渡り、玄武館小樽道場を建立。

小樽玄武館に入門した三浦義勝と小西重治郎成之は兄弟弟子の関係にあり、1944年に四郎が亡くなると、4代目と5代目を継承した。

5代目の重治郎は実に半世紀にわたり玄武館の館長を努め、出稽古や警察学校での剣道指導など、勢力的に活動し現在の玄武館の礎を築いた。

6代目は重治郎の実子でありる小西真円一之が継承し、現在に至る。

【後編】では、幕末期の北辰一刀流についてご紹介する。

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