尾崎豊「没後30年目の新証言」(2)豪雨に打たれた熊本の惨劇 (2/2ページ)
尾崎君も、ステージ環境は悪かったけど、やり切ったという思いではないでしょうか」
その日から5年後、尾崎の訃報に接した白井は、東京・護国寺の告別式に並んだ4万人の1人となった。
さて尾崎自身が「追っかけ」だったロックシンガーが小山卓治である。小山は尾崎より一足早く83年3月に、同じCBS・ソニーからデビュー。文学性の高い歌詞は、尾崎やミスチルの桜井和寿にも影響を与えている。
小山はこう言った。
「僕の86年1月の日本青年館のライブに、彼は客として来てくれた。言ってくれればもちろん招待するのに、自分でチケットを買い、楽屋に挨拶に来ることもなく、ほかのファンと同じように歌い踊って帰っていったんですよ」
すでに売れっ子の尾崎だったが、1人のファンとしての感覚を忘れずにいたようだ。実は小山と尾崎は、一度だけ共演のチャンスがあった。84年8月5日、吉川晃司も交えて日比谷野音でのイベントが控えていた。ところが、その前日に7メートルの高さの照明台から飛び降りて骨折。
「当日になったら尾崎が出られないということを聞きまして、とにかくびっくりしました。僕もすごく楽しみにしていただけに、これは残念でした」
尾崎の伝説の始まりである。
(石田伸也)
【写真ギャラリー】大きなサイズで見る