尾崎豊「没後30年目の新証言」(1)尾崎が愛したカレーの誕生 (2/2ページ)
あ、でも女の子のまかないに作ってるカレーだったら』と出したら、尾崎さんがうまいうまいと言ってくれて」
以来、店舗が移っても30年以上、「尾崎の愛したカレー」は看板メニューとなった。
尾崎は店の空気もそうだが、カンを尊敬していた。尾崎も178センチと長身だが、カンはプロレス界でも大きい部類で195センチもあり、とても頼もしく見えた。カンが「尾崎さんはすごいよ」と言うと、すかさず「カンさんは世界で活躍されたんだから」と立ててくれる。
「尾崎さんと親しくなって、俺も『I LOVE YOU』が入っているカセットテープを買いに行ったよ。彼は酒が好きというより、飲んでいる雰囲気が好きだったんだろうな。次の日に仕事がない時なんかは、このまま一緒に飲みましょうよって言うんだ」
尾崎が亡くなる1週間前にも店で陽気に飲んでいた。突然の訃報を共通の知人から聞かされたカンは「ふざけたことを言わないで」と動揺を隠せずにいた。
尾崎と一緒に撮った写真は、店が閉店する日まで飾られてあった。
尾崎は83年12月1日、シングル「15の夜」とアルバム「十七歳の地図」でデビューした。当初こそ売り上げもパッとしなかったが、デビューの前に尾崎は、なんとも大胆な行動に出ている。語るのは、女流ロックシンガーの草分けである白井貴子だ。
白井は83年10月から「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)の火曜2部パーソナリティーとなる。構成作家を頼らず、また選曲も自身で担当していた白井は、生放送の前にレコード室にこもっていた。そこへ見ず知らずの若者が乱入してくる。
「白井貴子に会いたいんだけど」
その瞬間、白井は我を忘れて逆上したと振り返る。
「何でも自分の思い通りになると思うなよ!」
間もなく、同じCBS・ソニーからデビューするという後輩に声を荒らげた。
(石田伸也)
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