死罪、追放、身体刑…身分や性別によっても違いがあった江戸時代のさまざまな刑罰 (2/3ページ)
居住地やある一定の地域から追い出されるのが、「追放」という刑罰で、奄美大島や伊豆七島などに追いやられる遠島がありました。
「身体刑」は、身体を傷つける刑罰で、主刑としてだけではなく、付加刑として処されることもありました。例としては入墨、敲(たたき)などで、敲きは庶民階級の成人男性にのみ科されました。
窃盗・交通事故には重い刑が科された現代の間隔で考えると驚くのが、窃盗や交通事故に対する刑の重さです。江戸時代、「10両盗めば死刑」という言葉があり、現代の貨幣価値でいうと、10両は約130万円です。
これほど刑が重かった理由には、江戸時代には窃盗が多く、人々への見せしめとして刑を重くする必要があったことがあげられます。
また、人口密度が高かった江戸では、交通事故に対する刑罰も重いものでした。事故を起こした人だけでなく、その雇い主にも事故の重大さによって島流しや罰金が科されました。
いかがでしたか?
刑罰、と一言で言っても、その種類は様々で、また地位や身分によっても違ったことがおわかりいただけたかと思います。