子どものやる気を奪う結果も「無理してがんばらなくていい」に潜むリスク (2/2ページ)
(『どうしても頑張れない人たち―ケーキの切れない非行少年たち2―』より)
この世代への「がんばらなくていい」という安易な言葉がけは、今その子が直面している課題を先送りにする結果にしかならない場合があるのだ。
そして本人の気持ちもある。
「勉強が苦手な子」はかならずしも「勉強が嫌いな子」とは限らない。今は周りに後れを取っていても、いつかは追いつきたいと思っているかもしれない。こうした子に対して、親や教師が「みんなちがって、みんないい」的な価値観から「無理にがんばらなくていい」というメッセージをあたえると、せっかくの子どものやる気の芽を摘んでしまうことになってしまう。
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ただ、子どもにしても大人にしても、自発的にか、あるいは周囲のはたらきかけによって、「がんばれる人」もいれば、「どうしてもがんばれない人」もいる。後者の人に対する世間の目は冷たいものになりがちだが、社会として本当に手を差し伸べるべきはこれらの人々ともいえる。
あるいは「やればできる人」がいるのと同様に「がんばってもできない人」もいる。前者と後者の違いは、よくいわれるように「がんばりの方向性と方法」だけの問題なのだろうか?
「がんばれない人」はなぜがんばれないのか?
「がんばってもできない人」はなぜできないのか?
子育てにも教育にも直結するこの問い。本書をお伴に考えてみてはいかがだろう。
(新刊JP編集部)