芸能界引退!乃木坂46大園桃子、等身大の姿勢が生んだ唯一無二のアイドル像
なぜ彼女たちは「センター」に立ったのか⁉
アイドルセンター論
乃木坂46大園桃子 後編
大園はまた「アイドル」と「本当の自分」との間を大きく揺れ動きながら、本当の自分でいるということをアイドルとしての魅力を発信してきた稀有な存在でもあったのだ。言い換えれば、「アイドル」と「本当の自分」に明確な境界を引かず、大園桃子というひとりの女性の延長線として等身大のアイドルであり続けた。それをいとも自然にやっていたのが彼女だった。
それは例えば大園がこれまで残してきた発言からも明らかだ。『BUBKA 2021年3月号』のインタビューにある「嘘は言えないです。なんででしょうね? いいふうに見られようと思ったことがないのかもしれない。それよりも、自分が思っていることのほうが先にでちゃう」という大園の発言からも、アイドルとしての大園よりも、素の自分でいることを大切にしていることが伺える。
映画『いつのまにか、ここにいる Documentary of 乃木坂46』でも大園は「アイドルではなく素の自分を見せることしかできない」からこそ「(周囲からの言葉が)自分を否定しているように感じ、結果的にアイドルに向いていない」と、「アイドル」と「本当の自分」の間の葛藤と悩みを吐露していた。
ここで注意しておきたいのは「アイドルに向いていない」という発言自体は、他のアイドルからも出てくるが、彼女の発言が決定的に異なっているのはそれを自分のなかで理解しながらも、自分とアイドルの間にあるギャップを埋めようとはせず、「自分らしさ」としてある意味達観した視点を備えているという点だ。
大園の何か惹かれる魅力というのは、優しく透明感のある歌声や笑顔溢れるパフォーマンスという表面的なものに加えて、こうした彼女のスタンスにもあるのだろうと思う。
『第60回 輝く!日本レコード大賞』(TBS系)のステージ裏で大園が発した「なんか、乃木坂も悪くないなって思った」という発言は後に名言として語り継がれているが、ここには大園が「アイドル」へと少し歩み寄った貴重な瞬間だったように思う。
周りが規定するアイドル像になる必要はない。素の自分が受け入れられる場所がここにある。これも乃木坂46という温かくて柔和なグループ性の賜物だろうし、そんなグループでセンターに抜擢された大園はそれこそ運命だったのではないかと感じてしまう。
加入から5年ほどが経ち大園もアイドルとして成長した姿を見せ、もはや涙を流していた当時の面影は一切ない。正直で真っ直ぐな性格であるがゆえにアイドルでありながら「自分らしくあり続けること」を貫いていった大園。そのピュアな心持ちがアイドルとして生きる彼女を苦しめたこともあったのかもしれない。しかし、そうであるがゆえに彼女は乃木坂46のなかでも唯一無二のアイドルへとなり得たのだ。
(文=川崎龍也)