心に響く!歴代五輪の名言&珍言(2)「1位でなければビリでも同じ」 (2/3ページ)
「誰がゴールしたかも覚えてないんです」川口能活(96年アトランタ/サッカー)
ブラジルを1-0で下し、世界を驚かせた「マイアミの奇跡」は、GK川口のスーパーセーブの連発による。試合後に「これで終わったわけじゃありません」と冷静な面を見せた。ちなみに川口に忘れられた得点者はMF伊東。
「最高でも金、最低でも金」田村亮子(00年シドニー/柔道)
国民的な期待を背負いながら、92年バルセロナ、96年アトランタともにあと一歩で涙を飲む。背水の陣で臨んだシドニーは「最低でも金」の公言を達成。さらに「田村で金、谷でも金」「ママでも金」とワードが連発された。
「1位でなければビリでも同じ」中山竹通(88年ソウル/マラソン)
ライバルの瀬古利彦に「自分なら這ってでも出てくる」など、過激な挑発はお手の物。ソウルではメダルが期待されながら4位に終わったため、苦々しい顔で「1位でなければビリでも同じ」と吐き捨て、物議を醸した。
「あとはハッタリで戦った」富山英明(84年ロス/レスリング)
ロス五輪のレスリングフリースタイル57㌔級の決勝の相手は、地元アメリカの選手。完全アウエーの状態であったが、必殺のローリングで2点を奪うと、まんまと優位に立ち、残り時間は「ハッタリで」の心理戦で逃げ切った。