戦時中、兵器を作る材料として集められた教会や市庁舎の鐘の保管場所「鐘の墓地」 (1/5ページ)

カラパイア

戦時中、兵器を作る材料として集められた教会や市庁舎の鐘の保管場所「鐘の墓地」
戦時中、兵器を作る材料として集められた教会や市庁舎の鐘の保管場所「鐘の墓地」
兵器を作る金属の材料として大戦中に集められた鐘
image by: Grassmayr Bell Museum/Wikimedia Commons

 二度の大きな世界大戦では世界各国で兵器を作る金属資材が不足していた。特に教会や市庁舎の鐘は青銅製であることから、戦時中は重要な素材となるため、ドイツでは自発的、あるいは国から強制的に徴用され、溶解されて軍需産業に使用されたのである。

 これらの鐘が集められた場所は「鐘の墓地」と呼ばれている。

・ドイツと金属寄付の歴史
 第一次、第二次世界対戦時、ドイツの一般家庭は何らかの貢献をした。多くは家の男子を戦場へ送り、また貴重な金属を差し出した。

「私は金属の為に金(ゴールド)を差し出します」これは、1914年、第一次世界大戦と同時に始まった金属類回収キャンペーンのスローガンになった。ドイツ国民は戦争に必要な資材の寄付を求められたのだ。

 このスローガンは、1813年から14年にかけて、フランスの占領から自由になるためにプロイセン王国とその連合軍が戦った、第6次対仏大同盟がそもそもの起源だった。

 このとき、プロイセンのマリアンヌ王女が、国の全女性たちに手持ちのゴールドのアクセサリーを、"鉄のためにゴールドを提供した"と印字された鉄製のブローチや指輪と交換するように呼びかけた。この印字が愛国心のシンボルとなったのだ。
「戦時中、兵器を作る材料として集められた教会や市庁舎の鐘の保管場所「鐘の墓地」」のページです。デイリーニュースオンラインは、カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る

人気キーワード一覧