「好きなものは最後に食べる派」が迎えた恋の結末は? (2/2ページ)
多くの場合、好きなものを最初に食べる人は自分の欲求に正直で自信に満ちた人物、最後に食べる人は慎重で遠慮深い人物だと語られる。
誰もがそうであるとは限らないものの、少なくともまなとと唯には当てはまるように感じた。
■本能のままに恋をする、高校生たちの恋愛模様
唯は自由奔放な留年生の佐伯(窪塚洋介)に強く惹かれ、積極的にアプローチする。その行動力は、相手の元恋人の家に押しかけ、自分の邪魔をしないようにと約束を取りつけるほど。
何度フラれてもめげない唯の姿からは、自分の気持ちへの正直さやまっすぐさがうかがえる。ついに、唯は佐伯の恋人になるまでに。
一方のまなとはというと、唯に惹かれつつも自分と価値観のよく似た遥(内山理名)に気持ちを打ち明けられ、半ば流されるように付き合いだす。自分の気持ちを優先してまで唯の恋路を邪魔したくはないという遠慮と、慎重な性格がうかがえた。
このように本作の登場人物は、愛と衝動を天秤にかけながら足掻き、もがくように恋をする。
美しくもあり苦しくもある彼らの恋は、大人のそれとは違う。結婚、出産、キャリア。年を重ねるごとに目の前に並ぶ現実を一つ一つ精査するような恋ではない。
芽吹く樹木のようにただ、本能のままに愛を貫く。そして複雑な人間関係の中に生まれる「虚構の自分」と戦いながら、精一杯その愛を掴み取ろうとするのだ。
佐伯が卒業式で語った答辞の中の「僕たちはただ、愛するためだけに生まれました」という力強い言葉の中にこそ、そのすべてが詰まっている。
■大人の恋に疲れた時の処方箋
結局、各々の恋はそう長くは続かない。似た者同士で結ばれたがゆえに、補い合うことのできない関係はやがて破局へと向かう。
そこで唯の心を埋めたのが、まなとだった。まなとにとってはまさに「イチゴは最後」なのだろう。まなと、唯、佐伯、遥の恋は思いもよらぬ形で終結した。
たかがイチゴ、されどイチゴ。本当に手に入れたい恋にどんなアプローチをしかけるかは、意外にも食の好みに通ずるものがあるのかもしれない。
現実が差し迫る大人の恋に疲れた頃。ガツンと愛のこぶしで殴られるようなこの作品を見ることで、背中を押されるに違いない。
(文:Nana Numoto、イラスト:タテノカズヒロ、編集:高橋千里)