細田守『竜とそばかすの姫』は歌と映像美だけ? こじつけ脚本に「他の人に書いてもらって」 (2/2ページ)

まいじつ

すずの母親が死んだ時、周りが傍観しかできなかったことに重ねた表現なのかもしれないが、未成年のすず1人がリスクを負う場面で、大人や幼馴染らが何もアクションを起こさないのは疑問が残る。

全員が非情ならまだしも、母親代わりと言わんばかりの大人たちや、保護者のように接する幼馴染など、誰もが良い人のように描かれていた。だが非常時には誰もすずを守ろうとしないため、全員が口先だけという印象を受ける。周囲のキャラが最善の行動を取るとストーリーを成立させるのが難しいため、すずの見せ場を優先した結果なのかもしれないが…。

他にも何の伏線もなく「実は~だった」という後出し展開が何度かあったり、各キャラの掘り下げが甘く、それぞれの心理や行動原理が分かりづらかったりと、ツッコミどころが満載。また、名作『美女と野獣』のオマージュが先行するあまり、表現がこじつけっぽくなっているという批判もある。

これまで多くの映画好きが「細田監督は自分で脚本を書くべきじゃない」という説を唱えていたが、「竜とそばかすの姫」はその典型的な例となるだろう。方針転換のチャンスを失ったと考えると、同作のヒットには複雑な感情を抱かざるを得ない。

文=野木

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master1305 / PIXTA

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