自分の価値は自分で築け!武士道バイブル『葉隠』が教える、他人の評価にブレない生き方 (2/3ページ)
「顔つきを診れば、その人が勇敢か臆病か、本質がすぐに判ります」
人相見はそう言って、弟子たち一人ひとりの顔を診ていきました。弟子たちはみんな武家の子弟であり、自分が臆病だなどと診断されてしまっては、武士の沽券にかかわります。
(まったく、余興のつもりなのだろうが、お師匠様も余計な人を呼んでくれたものだ……)
そんな弟子たちの思いは百も承知で、人相見はこんなフォローを入れました。
「勇敢の診断だったからと慢心せず、奉公に励むことです。また臆病と診断されても腐ることなく、懸命に奉公することです。あくまで勇敢か臆病かは生まれつきであって、別に恥じることはありません」
だったら何故、あえて勇敢だの臆病だのと診断するのか。無駄に一喜一憂させられるだけではないか……下らぬ余興にうんざりしていたところ、廣瀬傳左衛門(ひろせ でんざゑもん)という12、3歳の少年が人相見の前に座ります。
「貴様……もし俺を臆病だなどと言ってみろ、一刀の下に斬り捨ててくれるわ!」
『葉隠』ではここで話が終わっているものの、声を荒げて眦(まなじり)を決し、刀の柄に手をかけながら迫る傳左衛門の形相を前に、流石の人相見も臆病とは診断できなかったことでしょう。