まさに明治時代の知恵袋。山岡鉄舟らの考えた地域コミュニティツール「教導石」を、庶民はどう使ったのか?

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まさに明治時代の知恵袋。山岡鉄舟らの考えた地域コミュニティツール「教導石」を、庶民はどう使ったのか?

皆さんは、分からないことがあった時、誰に訊くことが多いですか?

「あの人に訊けば、大抵のことは教えてくれるよ」

そんな便利な人が身近にいればいいですが、なかなか世の中そう上手くはいかないものです。

「誰か、教えてくれないかな……」

昔の人も同じような悩みがあったようで、智恵を絞って教導石(きょうどうせき)というものを考案した人がいました。教え導く石とは、一体どういうものなのでしょうか。

地域の情報交換ツールとして活用

静岡県静岡市葵区に残る教導石は、その名の通り石でできており、石柱の高さは全体で202cmという大きなもの。

教導石。静岡県立中央図書館HPより

向かって正面に「教導石」と彫られ、右側面に「尋ル方(たずぬるほう)」、左側面に「教ル方(おしうるほう)」と彫られています。

教導石の文字(揮毫)は達筆で知られた旧幕臣・山岡鉄舟(やまおか てっしゅう)によるもので、裏面には石柱の建立に賛同した有志80名が名前を連ねています。

何か分からないことがある者は、その質問を紙に書いて「尋ル方」へ貼りつけておくと、誰か知っている者がその答えを紙に書いて「教ル方」へ貼りつけてくれる、という使い方をするそうです。

答えを教えてもらって疑問が解消できたら、質問と回答の紙を剥がして、空いたスペースをまた別の者が質問に利用するのでした。

他にも、商売の開業宣伝、発明のアイディアや演説会のお知らせ、遺失物や迷子の捜索願いなど様々な用途に貼り出してよかったらしく、現代で言うところの地域コミュニティ情報の発信・交換ツールとしても活用されたそうです。

山岡鉄舟。Wikipediaより

これは「明治の新しい世の中は、何でもお上任せではなく、ひとり一人が情報を発信し、また知恵を出し合って助け合い、主体的に社会を支えていこう」という心意気によるもので、当時の人々による積極的な社会参画の意欲が偲ばれます。

終わりに

インターネットが発達した現代では、いちいち質問事項を紙に貼り出さなくても、Googleで検索すれば大抵のことが解りますが、地域コミュニティの情報交換についてはいまだに掲示板が活躍しており、教導石はその先駆けと言えるでしょう。

昔の人々は良くも悪くもお節介ですから、自分から見ればしょうもない質問であっても「ググレカス(意:Googleを使って自分で調べろ、この愚か者)」などと言わず、喜んで自分の知恵を人に貸し、お互い様の精神で支え合ったのでした。

みんなで話せば、よい知恵が浮かぶかも(イメージ)

東日本大震災(平成23・2011年3月11日)以降、何かとクローズアップされた地域の絆(きずな)。震災の記憶が風化しつつある今、こうした文化財を通して助け合いの精神を思い出していきたいですね。

※参考文献:
浅倉清ほか『ふるさと百話 2巻』静岡新聞社、1998年11月
壬生芳樹『東海道と碑 9』静岡新聞社、1994年8月

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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