魚住りえ「日本テレビはすごく厳しかった」 (2/2ページ)

アサ芸プラス

魚住 もともとはピアニストになりたかったんですが、音楽で食べていくのはすごく大変だということに、中学生ぐらいで気がつきまして。ただ、音声表現が好きだったので、自分の声や楽器を使った仕事をやりたいなと。アナウンサーは選択肢のひとつで、声優やラジオのDJとかも考えてました。

テリー 放送局はいくつ受けたんですか。

魚住 フジテレビとTBSと日本テレビです。TBSは最終面接まで行きましたけど、最後に日テレが採ってくれました。

テリー 日テレはどんなところでした?

魚住 すごく厳しかったです。上下関係や服装や立ち居振る舞い、普段の生活の態度。「そういうものはすべて視聴者に見抜かれるから」と、すごく丁寧に厳しく指導をしていただきました。その教えがあったからこそ、今、フリーでもお仕事がいただけてるのかもしれないです。

テリー 95年入社っていうと、フジテレビの女子アナブームもあって、もうかなり華やかですよね。

魚住 そうですね。私はフジの河野(景子)さんとかより全然下の世代なので。そういう方たちを見ながら、すごい華やかだなと。

テリー 当時、日テレだと誰が人気でした?

魚住 私のちょっと上が大神(いずみ)さんなんですよ。可愛かったですね。「ほんとにこんなアイドルみたいに可愛い人がいるんだ。やっぱり東京はすごいな」って、びっくりしました。

テリー 魚住さんだって、その一人じゃない。

魚住 いえいえ。ほんとに私なんて場違いで。「こんなところに入って大丈夫かな」「やっていけるかな」と思ってました。

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