絶世の美女とうたわれた謎多き女流歌人・小野小町は関東出身だった!?出生伝説にせまる
小野小町といえば、平安時代の六歌仙の一人で、絶世の美女とうたわれた謎多き女性ですよね。
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小野小町は当たり前に京の都で生まれ、京の都で散ったと思っている方も多いのではないでしょうか。
かくいう私もその一人で、貴族の女性はそんなに遠出せず一生を生まれた地で終えるイメージがあったものですから、たまたま茨城県の筑波山に行った折、小野小町の伝説があることを知ったときは驚きました。
伝説によると、小野小町は上総の国(千葉県)の役人の家に生まれ、父の務め替えで都に上京したとか。そして宮中に仕えるようになると、その美しさと賢さが評判を呼び、皇太子の世良親王とも文を交わすようになります。
しかし二人の仲は藤原冬嗣という権力者に邪魔をされ、宮中から追い出されます。
失意の中、故郷を目指す旅路に出た小町は道中、行基という名僧が作ったとされる清滝観音を拝観するために立ち寄ったものの、病に倒れてしまい帰らぬ人となったとのこと。
それを裏付けるかのように、この地には「小野越峠」「腰掛石」「水飲み沢」などが残り、また池に顔を映したときに落としたとされる簪(かんざし)から生えた香木などが存在します。
福島県・小野町にも小町伝説
実は北に隣接する福島県にも、小町の伝説が残っています。
言い伝えによると、平安時代に小野篁という公家がこの土地にやってきて、庶民へ産業や教育を授け、「小野六郷」と称して治めたとか。その荘園に仕える娘のなかに、愛子(めずらこ)という名の美しい娘がおり、篁の目にとまり二人は愛を育むようになります。そして二人の間に生まれた女児が比古姫といい、彼女こそのちの小野小町だといいます。
比古姫が六歳になると、篁は妻をこの地へ残して娘のみ連れて上京し、都で育った比古姫は歌人「小野小町」として栄華を極めた後、生まれ育ったこの町に戻ってきて病没したといいます。
文献はないようですが、小野篁を祭神とする矢大神社があること、この地に「たかむら踊り」が伝わっていることから、「小野」という姓にゆかりがあることは間違いないようです。
実は小野小町のゆかりとされている場所はほかにもあり、多くが東北か京都若山に集中しているようです。彼女たちが本物の小野小町ではないとしても、伝説の歌人になぞらえるほどの美女だったのかもしれませんね。
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