藤田紀子、若引退リークは「あの男のせい」!/「アサヒ芸能65年」に刻まれた「美女の激言」(3) (2/2ページ)
「スタッフの人やファンの人がいて、それを裏切ってはいけないと思うの」
「えっ、なんで? 私は純粋な気持ちでみちるを思っているし、歌は大好きだからファンの人を裏切ったとは思ってないわよ」
当時、そんな会話を再現してくれたものだ。
投資家・中江滋樹との“不適切な関係”疑惑で芸能界を去り、弁護士事務所にいた倉田まり子を直撃したことも。
「私の上司の弁護士が申しますには、倉田まり子として芸能界にいた時代は公人であったかもしれないけど、今はまったくの私人。取材を受ける必要はないと申しております」
災難だったのは、80年に「帰ってこいよ」が大ヒットした松村和子。
「社長にギャラを持ち逃げされ、事務所を移るということを2度体験しました」
きっと帰ってくるんだと~、とはならなかった。
“ロマン映画”草創期のスターだった田中真理は、主演作が次々と摘発される悲運を味わう。
「78年6月に無罪判決が言い渡されましたが、検察側が控訴。東京高裁によって全面無罪が確定したのは80年7月。28歳で、すでに結婚して長女も生まれていました。女優としては裁判の印象が強すぎて仕事も減っていたので、ここで引退することにしました」
同じくロマン映画に転身した畑中葉子も、
「脱いだために飲み屋で『ここで脱げよ』とか『来るなよ』って言われたこともありました」
大映ドラマの常連だった伊藤かずえは、雑誌で見つけた「ヤヌスの鏡」のドラマ化をプロデューサーに提案。
「なあ、かずえ。この前、お前が提案してくれた『ヤヌスの鏡』な、あれをフジテレビでドラマにするから」
「本当ですか? じゃあ、私が主役なんですね!」
答えはノーだったことに伊藤は落胆したという。