ただの尊王攘夷派ではない?幕末の志士・武市瑞山が結成した「土佐勤王党」が特異だった理由 (2/3ページ)
なかでも、武市瑞山、坂本龍馬、中岡慎太郎、吉村虎太郎は土佐勤王党の四天王と呼ばれました。
「土佐勤王党」と坂本龍馬「土佐勤王党」に最初から参加していた坂本龍馬ですが、武市瑞山と考えが合わず途中で脱退します。しかし、脱藩者であっても、その後も党員同志の交流は続いていたとされています。
ちなみに、武市瑞山はのちに坂本龍馬について、「龍馬は土佐の国にはあだたぬ(収まりきらぬ)奴」だと語ったことは有名な話となっています。
「土佐勤王党」が他の尊王攘夷派と異なる点「土佐勤王党」は、「挙藩勤王」「一藩勤王」、つまり個人が尊王攘夷をとなえるだけではなく、藩を挙げて勤王をしようという思想があったことが、他の藩の尊王攘夷派の志士たちとの違いです。