最後は子孫が大出世!室町幕府の基礎を築いた細川家の命脈 (2/3ページ)
細川氏は室町幕府の基礎を築くことになる一族です。室町幕府に忠誠を誓った和氏・頼春兄弟が有名ですが、このうち頼春の子にあたる頼之が、のちに三代将軍義満を補佐したことで幕府の重鎮としての地位を固めました。
家督争いで衰退、しかし……!頼之には子供がいなかったため、頼之の弟である頼元が家を継ぎ、官位として「右京大夫」を授けられています。
これ以降、細川家の嫡流は「京兆家(けいちょうけ)」と呼ばれるようになりました。
その後、最盛期には畿内や四国で八か所の守護を兼ねるなど、細川氏は権勢を誇ります。さらに、細川勝元と山名宗全の権力争いが発端となった「応仁の乱」以降は、幕府そのものを支配することになります。
細川京兆家11代当主・細川勝元。応仁の乱の東軍総大将でもあった(Wikipediaより)
この頃になると、実質的には「細川政権」です。