恩義を忘れない義理堅い北国の男!それが日本のサンタクロース「三太九郎」だ【後編】
日本で初めてクリスマスが行われたのは戦国時代(16世紀)とされます。しかし、江戸時代にはキリスト教の禁教令が出され、クリスマスをお祝いすることはなくなりました。
その後、明治時代になってキリスト教が解禁されると、一般的にクリスマスが行われるように。
当時のクリスマスの様子は!?そして、日本初のサンタクロース、北国の「三太九郎」とはどのような人だったのでしょう……探ってみました。
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恩義を忘れない義理堅い北国の男!それが日本のサンタクロース「三太九郎」だ【前編】 明治時代一般に広がったクリスマス
一般的にクリスマスを行うようになったのは、明治時代の1900年ごろだったそうです。
最初の頃は、宣教師が質素な食事後にツリーに火のついたロウソクを飾っていたので、頻繁に火事が起こったという話もあります。
そして、その頃日本で初めてサンタクロースが登場する小説(教材)が、出版されました。現在も銀座に本社のあるキリスト教系書店・出版社「教文館」でした。
日本初のサンタクロース「さんたくろう」
「さんたくろう」(写真:国立国会図書館デジタルコレクション)
日本初のサンタクロースが登場した小説のタイトルは「さんたくろう」。著者は進藤信義(かえで)で出版年月日は明治33年・12月です。
現在は、国立国会図書館デジタルコレクションに保存されています。
「さんたくろう」は、白く長いヒゲを蓄えたおじさんで、布の頭巾・ロングコート・ロングブーツ・白いヒゲに斜めがけのバッグ、手には小さなツリーを持っています。お供しているのは、トナカイではなく小さなロバ。背中のカゴにはいろいろなおもちゃを積んでいるのです。
「さんたくろう」のお話とは
「さんたくろう」のお話を意訳してみました。
雪の多い北国に、敬虔なキリスト教徒である8歳の少年とその家族が住んでいました。
ある雪の夜、愛犬が帽子をくわえて帰ってきたので、「どこかに遭難している旅人がいるかも」と父親と少年が探しに出たのです。
そこで発見された旅人の男性は、家族の献身的な看病と祈りのおかげで命を取り留めました。一家の親切に感動した男性は、自らも神の道に入ることを決心したのでした。
翌年の春、父親が病に倒れ一時は重篤な状態に。少年と母親や必死に神様に祈りを捧げたおかげで父親は回復しました。けれども父親が働けなかったおかげで一家は貧乏のどん底に陥り、その歳のクリスマスを祝うお金など到底ありません。
そんなある日の冬の夜、一家が命を救った旅人の男性が一家を密かに訪れ、枕元にたくさんの贈り物を置いていきます。
その贈り物と共に置いてあった手紙には「神様の教えを守り人の命を助けて感心です。この贈り物をあげます 北國の老爺 三太九郎」と書いてあり、一家は「三太九郎ありがとう!」と感謝の言葉を述べるのでした。
この「さんたくろう」のお話は国会図書館デジタルコレクションで全文を読むことができます。
ファンタジーなお話というよりも、「義理人情に厚い北国の男」「良い行いをしている子どもたちは贈り物をくれる人」として「三太九郎(さんたくろう)」ことサンタクロースが描かれています。
日本の教会に通う子どもたちに「良い行いをするように」という教えを伝えようとする思いが込められたクリスマスのお話ですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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