田中邦衛、古賀稔彦、風間ルミ…2021年逝去スターたちの「忘れられない」人生の金言

日刊大衆

画像はイメージです
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 2021年も多くの有名人がこの世を去った。12月18日には、神田沙也加が急死(享年35)するという衝撃的なニュースも飛び込んできた。彼らが遺した心にしみ入る言葉の数々、“人生の金言”を届けよう。

 まずは俳優から。3月24日に老衰で亡くなったのは田中邦衛(享年88)。映画『若大将』シリーズの青大将と、ドラマ『北の国から』(フジテレビ系)で演じた黒板五郎は、彼が演じた2大キャラクターだ。

「夫婦仲? 普通ですよ。オレ、女房の尻に敷かれてるから。妻と2人の娘に恵まれ、こんな顔をして役者で飯を食わせてもらえるなんて、本当にラッキーだと思ってます」(『女性セブン』1977年12月8日号)苦労人らしい彼の述懐だ。

 吉本新喜劇の名物芸人だったチャーリー浜は4月18日、誤嚥性肺炎で死去(享年78)。「ごめんくさい」などの一発ギャグで一世を風靡。リバイバルヒットした「○○じゃあ〜りませんか」は、91年の『流行語大賞』の年間大賞にも選ばれた。

 次はアスリート。92年のバルセロナ五輪の柔道男子71キロ級金メダリスト、“平成の三四郎”の異名を取った古賀稔彦は3月24日に、がんで死去(享年53)。

 五輪直前の稽古で左膝を負傷。痛み止めを打ちながら決勝で判定勝ちし、奇跡の金メダルといわれたが、「ケガするまでは“優勝したい”という気持ちでしたが、ケガを境に“これで優勝できる”という確信に変わりました。いろんな雑念が吹っ切れたとでもいうのでしょうか」(『現代』92年12月号)

 3月26日に肺がんで死去したのは、“キックの鬼”こと沢村忠(享年78)。66年にデビューした沢村は『キックボクシング』(TBS系)中継で破竹の快進撃。必殺技“真空飛び膝蹴り”は彼の代名詞だった。引退後は表舞台から姿を消した沢村だが、晩年は、「キックボクサー・沢村忠と呼ばれるより人間・沢村忠と紹介されたい」と語っていたという。

■まだまだある!アスリートに文化人、魂の言葉

 美人女子レスラーだった風間ルミは9月21日に急死(享年55)。92年にLLPWを設立、社長兼看板レスラーとして活躍した。

 きっぷのいい姐御肌でもあった彼女は、寿引退した紅夜叉とのダブルインタビューで、こう語っている。

「プロレスだけで人生終わるわけじゃないし、子ども産んだりとか、その後の人生もあるわけですよ。その時に“ああ、あの時プロレスやってなければなあ”と後悔されるのもつらいですからね」(『週刊プレイボーイ』99年6月29日号))

 弱小球団・広島カープを常勝赤ヘル軍団に変身させた古葉竹識監督は、11月12日に心不全で死去(享年85)。75年に広島をリーグ初優勝に導いた古葉氏は、巨人のV9監督・川上哲治氏との対談で、こう語った。

「勝つためには投手力、攻撃力、守備力の三拍子が必要ですが、私は機動力をもっと活用したい。私の目標として200発ホームランよりも盗塁を200個狙えるようなチームにしたい。そうなれば新しい野球でV3ができる」(『週刊現代』80年1月1日号)

 次は文化人。NHKの朝ドラ『おしん』(83年)で知られる脚本家の橋田壽賀子は、急性リンパ腫で4月4日に死去(享年95)。

「明治、大正、昭和という死と隣り合わせだった激動の時代を、不器用ながらも懸命に生き抜いたおしんこそが日本女性の原点だと思います」

 現在発売中の『週刊大衆』1月10・17日号では、千葉真一田村正和らの金言も紹介している。

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