「小学生の頃の文通相手は、電車で出会ったおばあさん。ある年から年賀状が来なくなり、調べてみると...」(神奈川県・40代男性) (2/3ページ)

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山へ行った後、連絡先を交換し、数日後にはおばあさんが自分で染めたというスカーフと一緒に手紙が送られてきました。そこから、なんとなく文通が始まりました。

「のど自慢大会に出て放送されるから見てみて」とか、「あの後どこそこに行って良かったから、あなたも大きくなったら行ってみてね」とか、おばあさんの近況が書いてありました。その人が掲載された地域新聞の記事のコピーが添えられていたことも。

スカーフは、私よりも母に送ってくれたんでしょうね。母は気に入ったようで、使っていました。

それからも数ヶ月おきくらいに手紙をやり取りしていたのは、今思えば、奇妙なこそばゆいような感じがします。

なんとなく始まった文通(画像はイメージ)

中学生になっても文通は続いていたのですが、ある年、年賀状が来なくなりました。

どうしたのかと心配になり、なぜ自分がそうしたのかはわかりませんが、以前にあの女性が掲載されたことがあった地域新聞を見てみようと思いつきました。

最後に受け取った手紙の消印から数日後の訃報欄に、あの人の名前を見つけました。

祖母が亡くなったことのように悲しく、泣いたことを覚えています。

今でも忘れられない人はいますか?

今でも忘れられない、あの人の思い出。もう会えないとわかってはいるけれど、だからこそいつまでも記憶に残ることがある。

読者の皆様にとっての、そんな「忘れられないあの人」の話をJタウンネット編集部に聞かせてほしい。

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